虎竹のある暮らし
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竹虎1992





雪深い信濃追分、ひなびた温泉宿の一室で悩む文豪が一人。彼の名は芥川竹虎之介。高知県須崎市安和にある小さな田舎、虎竹の里の出身だそう。彼は、自身の出身地にのみ生育する不思議な虎斑竹との出会いをきっかけに、ありとあらゆる竹文化、竹細工について執筆を重ねてきた竹専門の作家なのです。

今日もこの地域独特の竹文化について創作に来た芥川竹虎之介。ところがなぜでしょう...今日に限って全く筆が進まないのです。頭を抱える彼に、一体何があったと言うのでしょうか!?






「わかった!ペンじゃ、ペンがイカンがじゃ!」

なるほど、筆が進まない理由が分かりました。どうやら執筆の際には必ず持ち歩いて愛用している虎竹ペンを、うっかり忘れてきてしまった様子。彼の虎竹ペンは、美しい虎模様の浮かぶ世界にたった一つのペンなのです。日本唯一の虎竹の里の虎模様の竹で創られた、あの愛着のある虎竹ペンを持ってきていない...こうなるともう落ち着きません。執筆の締め切りもいとわず今すぐにでも故郷、虎竹の里にペンを取りに帰ろうとする彼に、見かねた女将が思わず声をかけます。











日本だけでも約600種あると言われる竹、その幹の太さや固さも様々です。伐採する竹の状態にあわせてノコ、柄鎌、ナタなどそれぞれの道具を山の職人は使い分けます。


主に竹を伐採するときは、ノコか柄鎌を使用します。竹の切り口が水平になるよう、引くときに力を込めて伐採するのがノコを使うポイントです。





柄鎌(えがま)は、幹の細い竹を切る際に用いられやすい伐採道具。竹に対し斜めに振り下ろすように切り倒すので、竹の切り口は鋭いものになります。





伐採した竹は素早く乾燥し硬くなるので、ナタで素早く枝打ちをしていきます。また伐採あとの竹の切り株にも、ナタで傷をつけていきます。切り込みを深くつけることで切り株の腐食を早め、竹林が整備しやすくなるのです。








同じように山出しされ虎竹でも色づき、太さや品質によって価値が異なります。竹職人たちは竹の一本一本を正確に選別しなくてはなりません。



分差し(ぶさし)は単位が1分、2分となった昔ながらの職人の物差しです。手慣れた選別作業の中でも何百本、何千本と竹を選別していく中で時々分差しでサイズを確認しながら選別を行うのです。


ノギスも分差し同様、竹の厚みや幅を細かく測定する道具です。また竹の周囲の長さを測るには「巻き差し」を使います。同じノギスでも、竹虎には更に竹を正確に測るダイヤル式ノギスがあります。昔から変わることなく、人の手と目と経験で竹の選別は行われているのです。





弦架鋸(つるかけのこぎり)は非常に目の細かい竹切りに多用されるのこぎりです。職人や地方により弦鋸、弓張鋸、弓鋸など様々に呼ばれる竹屋では昔から馴染みがあり、一番多く目にする大事な道具のひとつです。竹虎は創業の地が大阪だったため、使われている弦架鋸には「大阪上本町...」と当時取引のあった金物店の刻印がされています。その頃からずっと使い続けられている鋸という事なのです。








竹かごや竹ざる...竹細工づくりは竹のヒゴ取りが基礎であり出来映えの全てと言っても過言ではありません。「竹割り」「剥ぎ」「幅引き」「面取り」など、竹ヒゴとりには細やかな作業と技術が求められます。


菊割り(きくわり)は、丸竹を切口の中心に合わせて均等な幅に割るための道具。ちょうど菊の花のようにみえることから、この名が付いています。菊割にも手割りと機械割があり、竹ヒゴの種類や量によりそれぞれ使い別けされます。


菊割りには、丸い鉄の輪に6枚、7枚...と割枚数ごとに刃がついています。様々な幅の割竹が必要になるので、菊割りの種類も沢山用意されているのです。熟練の職人は菊割りを割枚数ごとに棚を作って置いたり、壁に掛けたりして大切に整理整頓しています。











竹細工などに用いる細く美しい竹ヒゴをとるには、粗割した竹を更に幅取りナイフなどを用い、職人が全て手作業で仕上げています。



一言に幅取りナイフと言っても、職人の製造する竹編みの種類や方法に合わせて、刃物の形も異なってきます。職人のこだわりが形に現れた刃物たちは見ているだけで面白いものです。












刃物を刺したあとがカタカナの「ハ」に見えることから、その名で呼ばれるようになりました。刃物を刺す幅を微妙に調整することで、色々なサイズの竹ヒゴを取ることができます。





ハの字型に対し、こちらはVの字に固定した刃物でヒゴ取りをする道具です。





磨き銑(みがきせん)は、竹の表皮を薄く削る時に活躍します。表皮を削り取ったあとに、竹割りから面取りを経て、はじめてヒゴを取る過程に入る竹ヒゴ取り作業。そのため磨き銑での表皮剥ぎは、最も基礎となる要の工程です。美しい青竹の表皮を削る工程がはじまると辺り一面清々しい香りに包まれます。








緻密な竹編みや美しい仕上がりも、もちろん竹細工道具なくして語れません。昔から引き継がれ続けた熟年の道具もあれば、より良い竹雑貨作りのためにと新たに生み出された職人オリジナルの道具もあります。また竹炭職人にも炭窯ならではの工夫された道具たちが多数あるのです。


竹皮草履は芯になる藁縄をこの三つ又の指に引っかけて編み込んでいきます。硬質な樫の木で作られる三つ又に毎日力強く藁縄が食い込むことで、その木肌に熟練職人の歳月が深く深く溝が刻まれていきます。





同じサイズの竹籠をいくつも製造するために、職人は竹細工の原型となる型を持っています。木型やブリキ製など種類も型枠も職人によりそれぞれ多種多様です。こちらは組み木細工のような型枠。型に沿って竹ヒゴを編んだ後は、型を分解して取り出します。職人さんの創意工夫が光る仕組みです。このような分解式の型枠は竹細工だけでなく、山ぶどう細工やアケビ細工など、ほかの編組細工でも見られる道具です。





同じような竹籠や竹ざるを編もうとしても、職人によって全く違う表情のものが生まれます。それぞれの職人の手、そしてそれぞれが持つ道具達の違いが生み出す味わいのある表情だと言えるかもしれません。





最高級竹炭づくりに欠かせない石板。この石版は土窯の炎を調整するものです。竹炭職人は、厚みや幅が数ミリ単位で異なるこの石板を使い微妙な窯の温度調整をしていき銀色に輝く最高級の竹炭を焼き上げるのです。昔ながらの土窯を竹炭専用に改良した竹炭窯は非常に扱いが難しく長年の経験と熟練の技を必要とされます。燃焼時間や温度、湿度、竹材の良し悪しだけでなく、時には気圧によって竹炭の焼き上がりが左右されてしまいます。竹炭職人ならではの道具を駆使して炎の様子を見ながら焼き上げる竹炭は逸品なのです。








晩秋から1月いっぱいの寒い季節が虎竹伐採のシーズン。


虎竹の古里焼け坂の山道で竹の積み下ろしに活躍するのが手かぎ。木製の持ち手の先端に金属製の引っ掛けがついた何の事はないような道具に見えますが原竹を積み込むのには無くてはならない道具です。高いトラックの上での仕事は危険と隣合わせでもあります、小さな手かぎ一つですが竹屋の大きな仕事の一端を担う道具です。





ガスバーナーの火で虎竹をあぶると、竹の油分や表皮の汚れが浮かびあがってきます。それらをウエスと呼ばれる布で丁寧に拭き取らなくてはなりません。虎竹を火であぶることと、ウエスでのふき取りは同時作業ということになります。ウエスは、ただ虎竹を拭えば良いという訳ではないのです。油抜き中にウエスはどんどん汚れていくため、綺麗な面でしっかりと拭きあげないと虎竹を美しくすることができません。職人が油抜きで最も先に教わるのは、このウエスの扱い方でもあります。














これまで出会った職人を思うと、芥川竹虎之介も思わずニッコリ。執筆の創作意欲がどんどん沸いてきます。

「今度の本は竹編みだけやのうて、竹編み職人のことも織り交ぜて描くぜよ!傑作間違いなしじゃあ~!」
そう言って彼がおもむろに懐から取り出したのは、なんと竹筆。書画もたしなむ芥川竹虎之介愛用のペンは虎竹ペンだけでなく、虎竹命名筆と実は2本あったのです!

「何ではじめからそちらを使わないんです!?」
呆れ顔の女将の言葉も聞かず、執筆に燃える芥川竹虎之助の夜は更けていきました。






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