折りたたみ縁台
素材「虎斑竹(とらふだけ)」
高知県・山岸竹材店
打ち水、浴衣に縁台。ある年齢以上の日本人には、切り絵のように記憶に刻まれている夏の夕景だ。
考えてみると、ひと昔まえの日本はとても豊かな国だった。夕暮れにはほとんどの男たちが仕事から解放され、ひと風呂浴びて将棋を指したり、ピールを注ぎ合うゆとりがあったのだから。
ひるがえって現代はどうだ、というハナシはやめておこう。社会構造があらゆる部分で多面化し、時間や価値観の共有が成立しにくくなっているのは、わかりきったことだから。
それにしても、あの日没前後、男たちに与えられていた自由時間というのは、なんとも幸福なものだったに違いない。例えば、夏の夕暮れた漁港で缶ビール片手にひとり小アジと遊んだりしてみると、気分だけはなんとなくわかる。
しかしながら、この虎斑竹の軽い縁台を防波堤に持ち出し、撮影に適した夕光を待ちながら、やれ泡が消えた、グラスの結露が足りないと理屈をつけてはビールを呑んでいると、ほんとうの幸福というのは、こういうサンセット・アワーを、たまの休日にではなく毎日持っていることだと痛感する。たとえ楽しみが十年一日の縁台将棋レベルであったとしても、だ。
●伐り子の岡村恒高さん。「いい虎斑竹は一に場所、二番目は草刈りや間引きといった手入れです。よい竹の出る親を残しつつ、値打ちのある竹も一定量伐り出さんといかん。太いもんばかり伐ると、次からは細いものばかりになってしまう。そのへんの兼ね合いというか管理が、やっぱり難しいですわ」
●虎斑竹。淡竹の稈部に黒褐色ないし黒紫色の斑紋が入った個体群。似た竹に全体が黒褐色の黒竹があるが、虎斑竹ほど太くならない。
これまで私たちは「贅沢」という言葉を、少し勘違いしていたかもしれない。毎日の自由よりも、まとめ取りできる特別な時間のほうが価値が高いと信じ、その獲得に汲々とするあまり縁台サイズの幸福すら失っている、というのが実情ではないか。
縁台というのは不思議なポジションにある道具だ。家具のようでさにあらず、家の付属物にも見えるが、誰もそんな意識は持っていない。ではナニモノか。私は、私有のベンチ、あるいは変幻自在な「離れ」だと思う。
ふたりで座ると、お盆ひとつ分ぐらいの隙間しかない。しかし、そこにお茶でもお酒でも置けば、無限のコミュニケーション・スペースとなる。
折りたたみ式で車にも積めるこの虎斑竹の縁台は、一見クラシカルだが、多面化をきわめる男たちの時間を考えたとき、意外に機能的な存在でもある。私たちは酔った頭で縁台の偉大さについて再認識した。
●矯め担当の古谷和孝さん。熱した竹を巨大な矯具に差し込んで弓反りにすると曲がりがきれいにとれ、素直な竹になる。細い竹は竿師と同じような手持ちの矯木を使う。
枯淡の風格を備え持って生まれ使い込めばさらに黒光りする
虎斑竹というのは高知県須崎市特産の竹だ。淡竹の変種で、黒褐色に色変わりした部分が虎斑模様にも見えるのでこう呼ばれる。いかにも茶人好きする風合いとネーミングである。
どこにでもある竹ではないらしい。気候や風土が適さないと、移植してもただの淡竹に戻ってしまう。最初に発見された岡山県美作地方では手厚く保護され、大正時代に天然記念物に指定された。
が、腫れ物に触るように扱われたがために絶えた。適度に伐って更新をはかってやらないと、これまた特有の模様が出てこなくなるという、なんとも気難しい竹なのだ。
黒潮洗う高知県須崎の山にも、この風変わりな淡竹がわずかに自生していることを知ったのは、大阪・天王寺で竹材商を営んでいた山岸宇三郎。明治時代のことだそうである。
換金作物としての虎斑竹の魅力を須崎の農民たちに説き、山に植えることを奨励した。2代目になってからは、店そのものを須崎に移して、日本で唯一の虎斑竹専門店として根を張り現在にいたっている。
「生産を契約しとる農家は約30軒です。不思議なものでね、須崎でもひと山越えると虎斑竹は生えんのです。この安和という地区、もっと細かにいうと、国道56号線のトンネルとトンネルの間に広がるひとつの谷あいだけ。ほかだと、よい虎斑にはなりません。土質だとか土の中の菌のせいだといわれますが、なぜここでだけ虎斑竹ができるのかは、まだわかっていないんです」
4代目を継ぐ山岸義浩さんは、虎斑竹はつくづく不思議な竹だという。筍のうちは淡竹と同じで、1年目だと色も薄く、淡竹特有の白い粉に隠れてわかりにくい。3、4年すると色素がのってくる。ただし、色や模様は1本ずつ違い、生のうちはそれもなかなか見分けにくく、よい竹を効率よく伐るには勘がものをいう。
伐りどきは地下の筍に栄養を取られる前の冬で、その時期は山あいの田んぼに選別を持つ原竹がずらりと並ぶ。その光景は圧巻だという。
●油抜きのためのガス炉。原竹を入れて焦げないように表面をあぶると、油が表面ににじみ出ると同時に、下から虎斑竹特有の黒い色素が顔を出す。いわばクレンジング作業だ。
●右は油抜きをする前の原竹。淡竹特有の白い粉が吹き、地色も緑がかっているので虎斑模様は不鮮明。火に通して油抜きすると、左のように表面の粉がきれいに取れ艶やかに。青みも消えて鮮やかな虎斑模様が顔を出す。油抜きをしても白っぽいままの低品質のものは「しらくも」と呼ばれ、この段階で取り除かれる。年齢を経た竹に出やすいという。
色や模様、太さごとに選り分けられた虎斑竹は倉庫などに保管され、油抜きや矯めを経て製品に加工される。今回紹介した縁台や、庭の袖垣、和室の内装、茶器、雑貨と用途は広い。
色の出が不十分ではねられたものは、割って土壁用の骨材にする。切り払われた枝は袖垣や竹箒の材料に回させる。色合いはよいが傷があったり寸足らずの切れ端は、茶杓などの小物に。細い梢部分は座敷箒やはたきの柄だ。
「捨てるところがありません。9割9分まで活かします」(山岸さん)
今や日本中にあり余る竹資源。そのなかで、虎斑竹がここまで無駄なく使い込まれている理由は、生まれながらに備わった天然の風趣と希少性だ。
この竹で作った製品は、できたての状態ですでに枯淡の域にある。使い込むと、経年変化によってさらに深みを増す。これが根強い支持の秘密。
実用一点張りが取り柄のような縁台も、虎斑竹で作ると、どことなく雅な渋みと高級感がにじみ出る。なんとも不思議な魅力をたたえた竹である。
●亀甲編みを主体とした盛り笊類もたいへん味がある。写真はいずれも作家物(竹虎作)
●折りたたみ縁台はすべて手作り。脚部など構造部分はネジ留めだが、座面は四万十川流域で採れる天然のロープ「葛」でていねいに編み付けて固定される。
●虎斑竹折りたたみ縁台。脚や縁は虎竹で、座面に使っている細い竹は黒竹。葛で編んで固定してある。竹なので軽く、たたむと小脇に抱えることができる。
(雑誌「野山で生まれた暮らしの道具」より転載)