昨日の「黒いライン」、実は東北の篠竹細工ではかなり広い地域にわたって見られている装飾だ。同じ篠竹でも産地によってヒゴの割り幅や、編み上げられる籠の形に特徴があり、随分と見た目が違うのに同じような黒いラインが入っているのが面白い。これだけ沢山の職人に受け継がれている伝統である、きっと何かがあるに違いないがその前に黒いラインだけでなく赤いラインの話だ。
篠竹細工は魚籠の内側に竹表皮が向くように編まれていると言った、必然的に籠編みの外側に竹の身部分が見える。比較的に新しい時代の籠を手に取ってみると、その身部分が黒色だけでなく、今度は更に赤い色付けがされている。
また違う篠竹細工に手を伸ばす。この米研ぎざるは竹の変色具合や、しっかりした厚みのある口巻きで昔の職人の手によるものだと分かる。何十年前のものか知れないけれど本当に堅牢な作りだ。
現在ではマジックで竹ヒゴを塗ってしまう事もあるそうなので少し残念ではあるが、これら年期の入った籠が作られた当時には、そんな便利なものはなかった。今ではすっかり色褪せしてしまっているけれど、当時は鮮やかな赤いラインだったという。
しかし、黒い竹ヒゴは松葉を使って染色していた事が分かっているが、赤い色は一体どうしていたのか?聞いてみても実際に編んでいた人がいなくなって植物の名前まで特定できかねているのだが、どうやら草の根を煮詰めて赤い染液を作っていたらしい。以前、染色作家の方に虎竹の葉で布を染めてもらったら、思いがけない優しい黄色い色に染まった。赤い色も予想だにしない草木から生み出されていた気がしている。
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