大火災から30数年、まだまだ燃えている。

 
竹虎四代目家族


物心ついた時から日本唯一の美しい竹林に囲まれ、多くの職人に囲まれ、山のような竹材と数万点の竹製品に囲まれて育ってきた。自宅も、遊び場も竹だらけ、朝から晩まで竹の中、そういう意味では、竹の英才教育を受けて来たのだと思う。


日本唯一の虎竹林、Tiger Bamboo


自分にとっての幸運は、小さい頃からの環境と大学四回生夏休みの大火災。その火災も何かの声に引き寄せられて第一発見者になるという不思議な体験もした。誰に言われたわけでもないが、当時60名ほどいた全社員を集めて挨拶をさせてもらったのもあの夜が初めてだった。


竹虎大火災


工場も店舗も全焼して全てを失くし焼け野原のようになった竹虎の敷地の広さに、そして後片付けに参加いただく地元の皆様、県外から駆けつけていただく皆様に、改めて地域の中での竹虎、そして日本唯一の特産虎竹の役割と責任の大きさを教えられた気がした。


竹虎大火災


そんな中、まだ煙がたちのぼりそうな状態で祖父は商品を満載した10tトラックを引き連れて売り出しに行った。工場や店舗にはお金で買えないほどの貴重な竹があり、戦後本社をこの地に移してからの財産が灰になったショックで寝込んでいてもおかしくないと言われていた。しかし、「虎竹の里はワシが守る」という、あの気迫。二代目は何も言わなかったが、あの後ろ姿を見せられて当時はまだ学生だった自分にも火がついた。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、山岸義浩


竹は油分が多くて一度火がついたら消すことは困難だ、当日も「まるで化学工場の火事だ」と消防の人が話していた。翌日、雨もあがり大火災は昼頃には鎮火したが、自分に引火した火はあれから30数年、まだまだ燃えている。


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