「芋を入れたり、野菜やら放り込んで使いよらあね」
農家の作業場で見かける竹籠は、いい顔をしたものが多い。ここにある竹は耕耘機や鍬やカマとおなじ現場で働く本物の籠、自分はこんな働く籠たちが大好きです。元々こうして使われる竹編みはオーダーメイドの時代があって、製作の容易な竹ならではのひとつの大きな利点でもあるのですが、使う人の体格や用途に合わせて大きさを変えたり編み方を変えてきました。
大きく丈夫な籠には沢山作物が入るものの、手伝う奥様には重たすぎるので少し小さくするとかその家の働き手の事を考えて竹編みをされていた職人さんの話は何度聞いても面白いのですが、嬉しいのは今でもそれに近い竹文化がわずかながら残っている事ぜよ。
もちろん、これは竹に限らず全ての道具に言えることで例えば自分の小さい頃には虎竹の山出しに使われていたキンマ(竹製のソリ)です。一台のキンマを木工職人さんが通いでやってきて納屋で仕上げているところを何度か見たことがありますが、山の職人さんの使いやすいように長さや幅、高さなど調整されていたようです。
竹は加工性の高さと用途の多さ、種類の豊富さから毎日の暮らしの中にあって使い手の声により使い勝手を考えて常に進化を続けてきた道具であり、より使いやすく、より強くと研ぎ澄まされているのです。籠の一編み一編みには先人の知恵と工夫が込められていて、これい以上何も足せず、何も引けずという極みの籠のように磨かれた竹細工に出会うと嬉しくなります。
ところが技は伝承されても、手は変わるので全ての竹が素晴らしく完成していくかというと又違っています。ゼロからはじまるものもある、そして、それがまた面白いのです。
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