富山駅前の薬売り像

富山駅前の薬売り像


たまたまテレビに映っていたのは富山駅ぞね、先月皆様の応援で完走することができた「チャレンジラン横浜」。土台となった電気自動車Like-T3を製作されている光岡自動車さんは富山県にあり夏前にも行ってきたばかりで見覚えのある景色が写っていたので思わず足が止まりました。


そこで思いだしたのが、その折り少し時間があり駅前を歩いていて見つけた薬売りの行商をされているブロンズ像だったのです。この時には、とにかく竹トラッカーの事で頭がいっぱいで、つい忘れていたのですが富山は何と言っても薬が有名な土地柄ながぜよ。


薬売りブロンズ像


江戸時代に腹痛を起こしたお殿様が、富山の薬を飲んで回復したという話が居合わせた国主それぞれの国元に伝わり、それが元で全国への薬売りの行商が始まったとの事です。竹虎でも事務所には昔から広貫堂さんの置き薬をずっと置いていますが、もちろん本社は富山の会社様ながぜよ。今でも有名な製薬会社さんの本社がここ富山には沢山あるのです。


さて、そうやって薬の行商の歴史を作ってこられた方々が持ち歩いた道具も銅像として製作されていました。この辺りではヤナギを使って編まれた籠が主流だったと思いますが、自分の小さい頃、魚の干物や天ぷらを行商にこられていたおばちゃん達が同じように肩に提げていたのは使い込まれて飴色になった細かいゴザ目編みの竹籠でした。


玄関先で腰を下ろしたおばちゃんが風呂敷を取ると一気に魚の香りが立ち上ってまるで、玄関が魚屋さんになったように感じた事を今でもハッキリ覚えちょります。


富山駅前の薬売り像


あの細かい年期の入った渋い編み目の竹籠に懐かしい思い出がいっぱい詰まっているような気がして考えあぐねていたら知らない間に時間が経っています。電車の時間が迫り帰ろうと思って、ふと見たら、さすが全国行脚した富山の薬ぞね。持っている傘も竹根持ち手の一本、さすがなのです。


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