まっこと不思議な話ながです。虎竹の里の竹林に一枚の名刺が落ちていました。「HOTEL DU NORD」と印刷されていた、その名刺を、もし拾ったのが自分や竹職人であれば何のこともなく終わっていた話でした、ゴミが落ちているのは、そのままにしておけませんので、きっと何なんの分らないものの回収し捨てられちょったかも知れません。
ところが運良くこの名刺を見つけてくれたのが、たまたまイギリスから帰国されていた中山直哉さんだったのです。中山さんは、高知県のご出身ですが英国王立美術大学(Royal College of Art Library)に在学中に開催したファッションショーにて虎竹を使って頂いたご縁があったりして、たまたまこの日は虎竹の見学に来られていました。
「これはパリのホテルみたいですよ」
「えっ、パリ...ですと?」
あまり気にもとめていなかった一枚の小さな紙切れが、実はそんな遠い国のものだと知って、どうして虎竹の里にあるのか?フランスの方が来られた覚えはありませんが、そういえば海外の方は来られちょりましたにゃあ...色々と考えても分かりませんが、まあせっかくですので、そのまま捨てる事なく会社に持ち帰っちょりました。
ところが、それから暫くして、これもたまたま同じ飛行機に乗り合わせたデザイナーの梅原真先生に何気にお話させてもらったのです。梅原先生は、ご存じの方も多いようにお仕事柄全国を股にかけ活躍されよりますし海外に出られる機会も多いようです。
「そりゃあ、おんしゃあ昔の映画の舞台になった有名なホテルぜよ」
そう教えて頂いたのです。気になって調べてみたら「北ホテル(1949年公開)」という映画でした。こうなると、ますますどうして?と疑問が膨らんできました。実はパリにはそ昨年の5月に初めて行かせてもらっていたのですが、自分のような田舎者が花の都と言われるパリには、もう二度と行く事は無いだろうと思いよりました。けんど、もし、後一度だけでもに行く機会があれば必ず訪ねてみたいと考えちょったのです。
そしたら、きっと又天上から誰かが見ていてくれちゅうに違いないがです。信じられないようなタイミングでパリへ誘われる事が起こり、渡仏の機会を思いがけず早く迎える事ができたがです。
目指す「HOTEL DU NORD」は、すぐに見つかりましたぞね。快晴の日曜日とあって、心地の良い日差しが差し込む店の前のテーブルは既に満席でした。高知では強い日差しを避けて日傘まで差される方もおりますが、こちらでは長い冬の季節には太陽か照る事が少ないため皆さん天気の良い日にはこうして屋外で過ごす事が多いとの事ぜよ。だから、カフェも外にテーブルがあるのですにゃあ。
外は一杯でなくとも店内の席が空いていたら、そちらでお願いしたいと思いよりました。この場所に、あの虎竹の里で見つかった一枚の名刺が導いてくれたかと思うたら全く初めての店の景色が違うて見えて妙に落ち着いてしまうのです。
マダムらしき女性に自分の事、日本唯一の虎竹の事、そして今回の来店のキッカケになった持参した名刺をご覧頂くと、こじゃんと(とても)感激して喜んでくれましたぜよ。
「どうしてウチの名刺が、日本の知らない田舎の竹林にあったの...!?」
(日本語に訳したら、だいたいこのような意味ぞね)
虎竹の里で中山さんが名刺を見つけられた時には、あまり竹の根元を熱心に観察されているので一体どうした事かと思いよりましたが、見ていたのは竹ではなく、この名刺だったのです。誰かがここに落としてくださったものを、イギリスにお住まいだった中山さんに拾っていただき、梅原真先生にお会いして教えていただいた、人と人との繋がと幸運でここに居るのです。まさに、竹が地下茎で手と手を握りあい繋がっているように、人のご縁も遠い異国の地までも繋がっている事を感じちょります。
ところが、このミステリーに呆気なく終止符が打たれましたぞね。今回のパリにはギメ美術館(Musee Guimet)に竹芸家、田辺小竹さんのインスタレーションを拝見に来たがです。写真で見ただけでも迫力に圧倒され、この作品に虎竹の里の竹達が使われていると思うと後先考えずに来てしもうたのですが、実はこの写真を撮られたのがミナモトタダユキさんという有名な写真家の方ながぜよ。オープニングセレモニーにもお越しになられていてシャッターを切られていました。
いつも、田辺小竹さんの作品を撮影されゆう関係で虎竹の里にもお越しいただいておりましたが、そのうちに今年の竹虎の年賀状撮影までしていただける事になった方なのです。今年の年賀状は各方面で大絶賛して頂いちょりましたが、カメラのお仕事で何度もパリに来られた事のある、このミナモトタダユキさんこそ「HOTEL DU NORD」の名刺を落とされた方でした。
虎竹の里の田舎に何故パリの名刺が...?ミステリーの謎が解けて嬉しいような、寂しいような面持ちぞね。