南蛮菓「ざびえる」

南蛮菓「ざびえる」


これは何のお菓子か分かりますろうか?これだけで名前が当てられる方は、テレビチャンピオンの地方銘菓選手権で優勝できますぞね(笑)。


実はこのお菓子こそ今日の件名にも書いちょりますが、ざびえる本舗さんの南蛮菓「ざびえる」ながです。さて、どうして竹虎四代目の30年ブログにこのようなお菓子が登場?かと言いますと、実はこの「ざびえる」を自分は小さい頃には地元のお菓子とばかり思っていたのです。虎竹の里は田舎ですので和菓子屋さんもありませんが、隣町には美味しい和菓子屋さんがあって、家族がたまにケーキや饅頭を買うてきよりました。そこで勝手に、そのお店かどこかのお菓子とばっかり思いよったのです。


つまり、それくらい身近に、いつも食卓やリビングのテーブル、冬はコタツの上などに置かれてちょったお菓子という事なのです。ところが!?そしたら一体どこのお菓子かと言うと、ざびえる本舗さんは大分市のメーカーさんながぞね。


南蛮菓「ざびえる」


自分が小さい頃より九州に竹を運んだり、九州から来たりという、産地間の往来が多かったという一つの証かと思うがです。高知の西の端の宿毛港から出て佐伯港に着くのがお決まりやったがです。そんな中、詳しくは分かりませんけんど、当時は今のように、お土産のお菓子の種類もなかったがですろう。いやいや、もしかしたら自分がこのお菓子が大好物で、妹に言わせると、


「いつも独り占めして私が気づいたら空箱ばっかりやった」


そうなので、あえて、ざびえるをお土産にしていたのかも知れんにゃあ。いずれによ、まったく同じ理由で「大阪名物粟おこし」も、当時、山岸家にはいつも置かれちょりました。関西方面には週に何度もトラックが出るほどやったそうですので、お得意様はじめお客様が来社される事も多かったようですし、元々、竹虎は大阪に本社があり祖父母は大阪出身です。なので親族が来る事も多かったようですちや。けんど、そんな関係で自分は本気で「ざびえる」と「粟おこし」は、近所のお店にも普通にあるお菓子と思って育ったのでした。友人の家に遊びに行くような年齢になって、どこの家にも二つのお菓子が置かれちょりませんので、あれ?ウチの家は、ちっくと珍しいがかも知れんにゃあ...。そんな事を呑気に思う子供時代やったがぞね。


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