桜皮を使うた箕を初めて見た時の衝撃は今でもよう忘れんがです。日置の箕と呼ばれちょりましたが、何と綺麗な箕やろうか...!?驚きと共に、不思議に思うことがあったがです。この箕は鹿児島県で昔から編まれてきた箕だと、見せてくれた職人さんは教えてくれますが、実は遠く離れた東北で良く似た箕を見させてもらった事があったきです。
それをニギョウという木の皮で編まれた箕と後で知りましたけんど、その時には、あまりにも完成された形が観賞用のように思えて、他にはない美しさを感じながらもそれほど心が動かなかったのです。ところが、桜皮の箕と出会うてから思い出して調べてみたら、やっぱり、まっこと良く似ちょります。
けんど一方は鹿児島、そして東北と、どうしてそんなに離れちょってこれだけ似通った雰囲気の箕になるがやろうか?昔から生活の中で使われてきた道具は考えたら面白いがです。そして、この箕のルーツが少し知りたくなってきて知り合いの竹職人さんに聞いてみたら、何とこの桜皮の箕を作る職人さんを訪ねた事があるとの事で、教えてもろうて一回話しを聞いてみることにしたがぞね。
日置に行ってみたら高知とあまり変わることのない、海と山のある静かな所、まっこと嬉しゅうになりましたちや。残念ながら教えて頂いた職人さんにお会いする事はできんかったけんど、奥様に色々とお話を伺うことができたがです。多くの昔ながらの竹細工は家族総出で作られたり、あるいはご夫婦での協働である事が多いがですが、こちらでも同じで奥様もご主人さんと二人で協力しながら箕作りをされよったそうながです。
一枚の古い箕を見せてもらいましたぜよ。長年使うた無骨な感じがどうも格好よく感じてしょうがないちや。この桜皮の箕は元々は、この辺りの集落だけで作られよって、数十年前には50人もの職人さんがおられて専業で箕を製造し、九州各地に送り届けては販売までご自分達でされよったそうながです。細かく箕を見てみたら、こちらの箕は編み込みの縦紐部分が、フジカツラで作るのが伝統やったみたいですが、その材料が山で取れなくなり「ヨマ」と言われる蔓でされよったそうです。
この桜の箕の素晴らしさは、山の幸を存分に活かしたモノ作りという所にもあるがぜよ。本体のUの字型に曲げられた木部はビワの木。縦紐部は先ほど言うたようにフジカツラ、それに桜皮とチンチクという株立ちの竹を使うているのも大きな特徴ながです。そう聞いて辺りを見渡してみましたら、あそこの山裾にチンチク...、あの土手の所にもチンチク...。まっこと、結構多く見られるがです。
チンチクとは蓬莱竹の事。実は先日のある全国会議で、たまたま思いがけず報告を聞いたばっかり。南方系の竹ですきに温かい地方に多いとの事やったのですが、その時のスライドで紹介されていた写真は何と地元の高知のモノやったがです。川縁などの防災用として昔から活用されてきたとの事でした。
それにしても株立ちのチンチクは移植して100年近い竹であっても、孟宗竹や真竹など普通の竹とは違い外に根が広がる事がないので、そんなに大きな竹林にはならないのですが、この時の写真で拝見したチンチクの群生は、川に沿ってかなり広域に渡っていました。雨の多い高知県にあって、随分と昔から護岸に役だって来たがですろう。やっぱり人の暮らしには竹は無くてはならないものやったがぜよ。親近感を覚えながら、そんな事を思いよりました。
こじゃんといっぱい話しをさせて頂いてやっぱり職人さんとの時間は格別ぜよ、けんど過ぎるのが早い、そう思いよったら、
「これ、差し上げる。もって帰り」
見せて頂いたのは箕刀(ミガタナ)と言われる箕の編み込みの時に、叩いて目を詰める道具ながぜよ。これには感動しましたちや、涙が出そうやったぞね。このミガタナをご夫婦で、どれだけ長い間使うたがやろうか、何枚の箕を作られた事か、幅の短くなったミガタナは毎日の仕事の中で、叩いて、叩いて自然と短くなったものながぜよ。
ご夫婦で仲良く使うた愛用の道具...。もうミガタナを使われる事もないという事ですろうか、とても寂しゅうて、重すぎて頂く訳にはいきませんぞね。お礼を何度も何度も言うて帰路についたがです。
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