韓国の竹細工と聞いて、いつも心に浮かぶ一枚の写真があるのです。そこには、沢山の竹籠が山のように集められ、人でにぎわい、今にも籠売りの威勢の良い声が聞こえてそうな一枚。潭陽の竹祭りに参加したいと思っていたのも実は昔からずっと心にあった、そんな光景が、もしかしたらほんの少しでもエイこの目で見る事ができたら...。そんな微かな願いがあったからでもあるのです。
わずか30年前ながです、そう、たった30年前まではなんと300年も続いたと言う韓国潭陽の竹市場があったそう。けんど、今では日本と同じように竹が使われなくなり若い後継者もなく、まっこと残念ながら竹市場は無くなっちょったがです。これが100年前に無くなっていたのなら諦めもつくのですが、わずか30年前までこの地にあった。あの竹に埋め尽くされるような素晴らしい市場と、竹の活気があったかと思うと本当に惜しい気持ちが込み上げるがぜよ。
韓国竹博物館には、そんな当時の賑わいをそのままに再現して様子をジオラマで展示してあるコーナーもありますぞね。まっこと、ここには引きつけられましたちや。このジオラマの中に小さくなって入り込みたい!あの、籠を売りゆうおばさんと、籠を運んで来られたおじさんと話したい!そんな思いにかられちょりました。
ジオラマの展示がある韓国竹博物館は、広々とした敷地に数十種類の竹が植えられており、こちらにも気持ちよく歩ける散策の道が整備され所々には竹の野外オブジェなども楽しく見る事ができるのです。
正面の広場で、ひとつの銅像に目がとまりましたぜよ。竹籠を頭に載せて売りに行かれている女性の像。かっては日本の竹職人のご家庭でもお父さんを中心に総出で竹籠を編み、お母さん達が籠を背負い夜汽車に乗って遠くまで売りに行った、子供の頃は、それが普通だったがよ...そんな事を古老の職人さんに聞いた事があるがです。
竹籠を売りに来られる方にはお会いした事はないけんど、自分の小さい頃には、地元を走る国鉄の安和駅には近隣の漁師町から竹編みの背負い籠に海産物を一杯詰め込んで、売りにこられる元気なおばちゃん方がおられました。列車のドアから大きな荷物を担いで降りて来た行商の皆さんの姿と、ここ潭陽での銅像がリンクして動けません。そして、あの竹工房でお茶を飲みながらポツリ、ポツリと聞いた、竹籠を売りに行くお母さん方の後ろ姿。それは、きっとこんな光景だったろうか?
潭陽の竹市場にしても、あの竹の賑わいは、遠い日の日本でもずっと続いてあった事ながです。だから、心に響くがです、懐かしく感じるのだと思います。今は大都会となった東京にさえも、かっては数百軒という竹籠の産地がありました。ただ一人残った職人さんは籠を何十枚も積み重ねて紐で縛り上げ、船に小山のように乗せて江戸川を下っていたと話してくれた事があるがです。まさに、その様子は自分の心の中で潭陽の竹市場と重なります。
潭陽竹祭りのあちこちのブースには、当時を少しだけ彷彿させてくれるような竹細工が集められちょります。考えたら、あの写真やジオラマの市場規模は今にしたら夢の世界ぞね。韓国でもこれだけの竹が今現在に集まる事も、もしかしたら凄い事かも知れんがです。
だから、会期中だけかと思いますけんど町中の道の灯りにあれだけの竹籠が吊されちゅうがですろう。そして、そのロープを支える鉄柱にも竹の節があしらわれ、竹の絵まで描かれちゅうがですろう。竹の市場が消えた後も、やはり、ここは竹処であり、竹の息吹をそこかしこに感じさせてくれる町ながです。
竹祭りの会場では、地元で活動される竹職人さんに何人もお会いさせて頂きましたぞね。それぞれ特徴のあるお仕事をされちょります。日本と同じようなものもあれば違うものもある同じ竹でも色々あって、竹はやっぱり面白いがぜよ。
数名おられる職人さんの中でも名人と言われる、徐さんの工房にお伺いさせて頂いた時の事ながです。この方は日本で言う人間国宝にあたるような方なのですが、お父様を師匠とされて竹の世界でご活躍されよります。網代編みの衣装籠や手提げ籠を創作されよりましたが、女性らしい色彩感覚が華やいだ雰囲気の竹細工となり、作品を拝見させていただいても、独特の雰囲気がありまっこと楽しいかです。身に付けられちゅう竹ネックレスも、こじゃんとお洒落で格好エイと思いよりましたら何と自作のモノやったです。こうやって自分で新しい竹を生み出せるというのも、職人さんならではの素晴らしいところですろう。
実は最後にここで凄い出会いが待ちよりましたぜよ。ふと覗いたガラスケースの中に虎竹の里の竹で作られた作品があります。ガラスケースの、しかも一番下段の隅にありましたが見間違えるワケありません。一目でそれと分かりましたちや、思わず大声になって尋ねたがです。
「ええっ!?これは一体どうしたのですか?」
そしたら徐さんが日本に来られた際に手にされたモノとの事。こんな遠くまで来て日本唯一の虎竹に出会えるとは思いもしませんでした。手にした作品はカードケースだったかと思うのですが、あまりに感激して、愛おしくて作品を開いて中を確認したはずなのに、今思い出そうとしてもさっぱり覚えてないのです。ただ、ただ、両手で持った虎竹の感触だけをハッキリ覚えちょります。