竹のある台所は、まっこと懐かしい感じがする。近所の人から頂いた大根をそのまま入れておく手提げ籠、お米を洗う米研ぎザル、野菜を洗っていれる野菜籠、味噌こしに使う味噌漉しざる、洗った茶碗をのせる茶碗籠。
ざるや籠だけでも竹で編まれてきた物は色々ありますけんど、その他にも竹ヘラや麺すくい、鬼おろし、茶漉し、竹箸など、竹製をあげたらキリがない程あるがですちや。けんど、よくよく観察しよりましたら、実際に働きゆう竹製品を見ていたら面白い事に気がつくがです。
それは、それぞれが違う表情というか風合いに変わっていく事ぜよ。編みあがって工場やお店に置かれちゅう時には、これという個性も感じられる事のない竹籠たちやけんど、こうやって水回りに伏せられちゅう笊や籠は、まるで人にそれぞれの顔があり名前があるように、ひとつ、ひとつ別の竹に成長していくように感じるがぞね。
釘にぶら下げられちゅうお玉を手に取ってみたがです。竹節をそのまま使うて一本の道具に仕上げられちゅう自然感いっぱいのお玉も、店に並んじゃある時とはまるで別のお玉のような気さえしてきますちや。決して、美しいとか最新とか言うワケではない、普通の古くさいキッチンであったとしても、こんな竹のある台所で作られる料理はきっと温かい。そして、交わされる会話には笑顔があふれちょりますろう。
コメントする