銀座線「日本橋駅」

日本橋駅通路


もう随分と前の話になるがです。日本唯一の虎竹をもっと知ってもらいたいにゃあと思うて、全国のデパートやイベントで販売をさせてもらいよった事があります。自分も若かったですきに今以上に竹の事は何ちゃあ知りません。竹製品や竹細工をいっぱい並べちょりましたら、好きな方が立ち寄られます、そしてお話をさせて頂く中で、竹についての色々な知識や楽しみ方などを教えていただく事ばっかりやったような気がするがです。


最初は祖父はじめ、会社のベテランの社員と一緒に行きよりました。自分が前に立つという事ではなくて、販売助手のような感じやったがです。何せ竹虎から持っていく製品は小さな物も多いですが、袖垣や縁台など大きく、重たい物もあって、それらを10トントラックに満載して行く売り出しなどもあり、運搬や設置要員として若い力が必要とされちょったがです。


そんな中、最初に一人で行く事になった催事があったがぞね。銀座線「日本橋駅」下車、薄暗い階段を上がって行きます今、歩いても何という事もない通路ですが、あの日は地下道の出口から射し込む外の明るい陽射しが、大袈裟でも何でも無く、新しい世界への光に見えました。


あの時の一歩...。


階段から外に踏み出して道路と反対の左側を見上げると、そこには右も左も分からない田舎者の自分に、大きな壁のような高島屋がそそり立って、まるで近寄る事を拒んでいるかのように見えたがです。


当時、催事の入れ替えはデパートの休日にしよりました。休みの日の売り場は人気もなく静かながですが、自分の行かねばならない催事場は最上階。エレベータで上がってドアが開くと、様子が一変するがぜよ。内装用の資材が積み上げられ、台車が行き交い、模様替えの業者さんやら、搬入に来られた方、催事担当の方など会場は沢山の人でごった返しちょります。まっこと心細いにゃあ。こんな場違いな所に来てしもうて困ったにゃあ。緊張と不安で動けないかと思うくらい。


あの時の一歩...。


職人の手


足がすくんで声もかすれそうな自分の背中を誰かが押してくれゆうがです。


東京など数えるくらいしか来た事がない。竹の事も知らず、自分が誰かさえ知らない。ボソボソと小さな声で高知弁しか話せず、自信も何もない。もしかしたら今日、今ここに居なくとも誰も気づかない。そんな、どうしようもない男の背中を、誰かが押してくれゆうがです。


「若さん、売っとうせよ」


今でも目を閉じたら聞こえてくる、あの内職のおばあちゃんの声。


「若さん、売っとうせよ」


病弱なお子さんがおられて外に働きに行くことができず、竹虎で数十年もの長い間ずっと自宅での仕事をしてくださった方ぜよ。


「若さん、売っとうせよ」


四代目の跡継ぎと言うことだけで自分は、昔の職人さんからかは「若さん」と呼ばれよりました。自分が都会に行って竹を売らないと、内職のおばあちゃんのやる仕事がなくなる。だから、仕事場に行く度に病弱なお子さんも手伝うて作った竹製品を売っとうせ、売っとうせと口グセのように言いよったがです。


あの声に背中を押してもろうて、本当は弱くて、自信がなくて、何の取り柄も力もない男が、なんとか声をあげて一歩を踏み出したがぜよ。内職のおばあちゃんのシワだらけの手を思うたら、なんと自分は情けないろう。後から考えたら、ずっと奥底にあった冷め切ったエンジンが、ブルル...と静かに回りだした瞬間やったかも知れんぞね。


あの手は守り神ぜよ、宝物やにゃあ。その時にそう思うたがです。だから、ずっと後になって2000年の年賀状に使わせてもろうた「手」。


もう、どこに行っても、何があっても、怖い事は何ちゃあないがです。自分の背中には、こんな内職のおばあちゃんのような、数え切れんほどの職人さんを背負うちゃある。一人では何もできず、迷うてばっかりの自分でも、真っ直ぐな竹のように歩いていけるがです。


コメント(4)

返信

心に残る話をありがとうございます。
誰だって最初から自信たっぷりで何でもできる訳じゃないんですよね。
誰かに頼って助けてもらったり、そうしているうちに今度は自分が
誰かの支えになったり‥
人にはそうした繋がりがあると思います。
またそこに、作品の良さの意味があるのだと思います。

竹虎四代目 返信

橙 様

コメントありがとうございます!
まっこと自分は何をやっても中途半端で
誰の役に立つ事もできんと、ずっと思うてきました

今こうやって竹を見習い
竹のように真っ直ぐに、竹のように節を持ち
竹のように根で手を握りあい
何とかやらせて頂けるのは周りの皆様のお陰ながです

いつか人様の支えになれたら素晴らしいと思いよります。
ありがとうございます!

タロ 返信

守る人が多いほどやりがいはあるのでしょうが、
責任感も大きくなって・・

互いの信頼感があれば、それは苦痛や、苦労ではなくなりー

四代目のキャラなら愛に溢れる職場なのでしょうね。

竹虎四代目 返信

タロ様

自分は、まっこと力もありませんきに
何が出来るという事ではないがです
だた竹の運命を感じ毎日取り組ませて頂きゆうだけで
愛のあふれる仕事場にはほど遠い(^^;)

そうあればエイと思うちょりますぞね。

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