先日の田辺小竹さんの銀閣寺講座、花籠作りには銀閣慈照寺で花方教授を務められよります。佐野珠寶さんも参加されちょりました。四ツ目編みの底編みから自由な形に編み上げていきますので、一体どんな形の花籠になるのか?それぞれ編み手により違いますのでなかなか楽しいがです。竹は真っ直ぐに伸びる特性と柔軟に曲がる特性と、一見したら相反するような両面性を持っちょりますので、他の自然素材にはない竹ならではの表現ができますぞね。
それだけに編み手のイメージひとつで最初のスタートは同じであるのに全く違う作品が編みあがって行くのです。今回は時間がありませんでしたが、田辺さんの工房では出来上がったひとつ、ひとつの花籠をそれぞれの方がどんなテーマで編み上げたか、参加者同士で話し会う時間を取られているとの事やったですけんど、これは素晴らしいと思いましたぜよ。自分たちが、ついさっきまで触っていた竹素材、実際に作った花籠、竹への理解が更に深まるような気がします。
佐野珠寶さんの作品は、こじゃんと個性的に出来ちょりました。底編みの四ツ目が底ではなくなって背面になって掛け花籠として完成されちょったがです。さすがと感じ入りましたのは、オトシの真上に二本の竹ヒゴを通されちゅうところです。花を活けた時に固定するのに用いる事を考えられたそうです。竹花籠は花が入ってこそその輝きを増します。まっこと素晴らしいがぜよ。
実は二十数年前あたりまでは、竹花籠も非常に良く売れよった時代がありました。編んでも編んでも注文がさばききれないので、竹工房の職人さんの中には「誰か花籠を食べゆう人でもいるのやろうか?」そんな冗談まで言われよったそうながです。
古き良き竹の時代があったがやにゃあ...と懐かしんで話されますが、いやいや、自分は今こそ、そして今からこそ竹の真価が問われる、竹にとって本当の意味で良い時代やと思いよります。今回、この田辺さんの工房にお伺いさせていただいて、その思いはますます深まるばかりながぜよ。
佐野さんに初めてお会いさせて頂いたのは、もう一昨年の事になりますけんど正木美術館での田辺小竹さんとのコラボ作品の時やったがです。あまりの凛とした姿に、別世界の方やとずっと思いよりました。もちろん、自分のような次元の方ではないですけんど、今回、ちっくとお話ができて鳥肌がたつような感激した事があるがぞね。それは佐野さんが大きな変化を乗り越えて今があると言う事。田舎の小さな竹屋の自分などからは想像もつかんけんど、こじゃんと凄い事やったがですろう。
けんど、そして今のこの観る人を魅了してやまん、あの自然体のようでいて圧倒的な覇気を感じる活け花があるとしたら人とは、まっこと凄い存在ではないですろうか?小さく弱い自分も無限の可能性があるような気がしてくる。変われる事、人は何にでもなる事ができる。そう教えてくれた様に思えてならんがです。
木佐貫ひとみ 返信
はじめまして。
この度竹の柄杓と米研ぎざるを探して、貴社のウエブサイトにたどり着きました。購入させて頂き、発送通知のメールにこのブログのURLがあったので見に伺ったところ、私の師匠珠寶先生の記事があって、びっくり。
私、月に1回慈照寺に立て花を習いに伺っているのです。ご縁ってこうして繋がるのですね。
これを機会に時々ブログを拝見させて頂きますね。ありがとうございました。
竹虎四代目 返信
木佐貫ひとみ様
竹虎四代目です。
コメント頂いてまっこと嬉しいです(^^)
色々とお求めいただき、ありがとうございます!
珠寶さんのお弟子さんという事で自分もビックリです
先週、田辺小竹さんの工房でのご一緒させていただいちょりました
ご縁とは不思議なものですちや(^^)
月に一度行かれゆうとの事、また宜しくお伝えください。
自分のブログは土佐弁で、ちっくと読みづらい事もありますけんど
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
ありがとうございます!