「この山は不思議な所だねえ...」
虎竹の古里でもある焼坂の山道で仕事をしていて、歩き遍路の方と出会いますと、よくこんな事を言われるがです。四国八十八ケ所の霊場を行くお遍路さんも今ではバスやマイカーで国道や高速道路を行く旅が主流ではないろうかと思いますが、それに対して、ずっと歩いて巡る歩き遍路の方々もおられるのです。歩き遍路の方も、実は毎日のように見かけますので、もしかしたら皆様が想像されるよりも沢山の方が四国の道を歩かれているのかも知れませんぞね。そして、歩き遍路でも国道など整備された道を行かれる方の他に、先にお話しました焼坂の山道で出会うような昔ながらの険しい遍路道を歩かれる方も最近はおられるのです。
古くから交通の難所とも言われてきました焼坂の山。未舗装の細い山道を峠を目指して登ってこられる方は、山のふもとから、ずっとご自分の足で歩かれて来て、竹林の多い山が、峠の向こうになったらピタリと竹がなくなる。そんな光景をご覧になられて、不思議な山だと言われるがぞね。
四国八十八ケ所霊場を開創したのは、ご存じ弘法大師。空海と言うお名前も有名でご存じの方も多いかも知れませんけんど、この空海が歩く姿を手彫りした竹の一輪挿しが目にとまりましたちや。囲炉裏の煙に炙られて百年近い時間を経てきた煤竹に、まっこと巧みな技で歩く姿をイキイキと刻み込んじゃある。
竹は丸くなった上に表面が滑りやすいですし、煤竹は長い年月を経ちょりますので油分がなかったりして、こじゃんと加工のしづらい素材でもあります。こうやって何気に彫られた中にも、お遍路さんが時間をかけて歩いて遠い道のりを行かれるのと同じように、竹職人の長い長い修練の歴史が隠されちょります。そう考えたら、ここに刻まれちゅうのはもしかしたら職人さん自身の姿ですろうか?棚に戻した煤竹一輪挿しを、また手に取ってみるがぜよ。