ただの竹。

虎竹


「裏山に生えている、ただの竹だろう。」


たまに、こう言われる事があるがです。まっこと、その通り。


ただの竹、ただの竹ぞね。


虎竹の里の竹を探し求めて曾祖父、宇三郎が、この地に船でたどりついたのは、もう100年も前の話。小舟にのって海からやってくると、荒々しい太平洋に洗われた海岸が続くなか上陸できる安和海岸の砂浜が見えるとホッとしますけんど、自分と同じこんな気持ちやったろうか?はじめて一歩を踏み入れた時はどうやったろうか?山がそそり立つ虎竹の里の美しさに見とれたろうか?当時の高知言うたら鉄道もなく、曲がりくねった細い山道しかない交通の不便な遠い辺境の地。大阪は天王寺にあった竹工場から、ここに来るいうたらまるで海外にでも行くくらいの覚悟やったですろう。よっほどの物好きやったに違いないがです。


けんど、この地だけの虎模様の出来る不思議な竹に惚れ込んだ男は、何度も何度も県外から通ってくる。竹の季節になったらやって来る。根負けした山主から竹を買うては浜から積み出して運んで行く。そうこうしている内に山主の娘イトと恋に落ちて結婚する。ますます何度も何度もやって来ては虎竹を仕入れて帰っていく。他の山主にも掛け合うて虎竹の林を増やしていく。ついには虎竹ばかり扱う専門の竹屋となっていき、もともと「竹亀」やった屋号は二代目義治の代には「竹虎」変わるがです。


その昔は、珊瑚と同じように土佐藩の特産品として山内家へ年貢の変わりに納められたという歴史もある竹だから、よそ者としてやって来た初代の苦労は、どうやったろうか?こじゃんと(とても)あったろうにゃあ。悔しい思いも、いっぱいしたかも知れませんちや。けんど、それほど一人の人間を引きつける程、虎竹が魅力的やったがやろう。まっこと、ただの竹やきに。その通りぜよ。人の言うとおり、ただの竹。イギリスBBC放送が来ただの、ユニクロとコラボしただのそんな事はどうでもエイ。


ただの竹ですきに。


けんど、ワシの曾祖父が、祖父が、父が、そうやったように、自分もこの「ただの竹」に命をかけちょりますぞね。


ただ、当たり前の事。それだけの事。ただの竹やきに。


今年の虎竹座敷箒

虎竹座敷箒


歳末の大掃除はもうだいたい済みましたろうか?今年こそは早めに済ませてと思いながらやっぱり今年もギリギリになってしまいよりますが、今年は昔の箒職人さんのご縁で何と50年前に竹虎から運ばれていった竹との再会もあり、まっこと嬉しい出会いもありましたちや。


「箒の柄と言えば虎竹や。」


この言葉の心をつき動かされただけやったです。昔ながらの虎竹座敷箒を更にこだわって復刻してもろうた理由は。節電やったり、音が静かなことやったりで近年、棕櫚箒や座敷箒が見直されちょりますが、さすがにここまで、りぐった(こだわって)箒はなかなか無いのではないですろうか。けんど、あの箒職人さんの言葉を思いだすたびに感動して、まっこと自分の作りたい箒、見てみたい箒、使うてみたい箒、祖父の時代の座敷箒になったと思うがです。材料の箒草も当然国産にする、昔ながらの草を使う、製法も全くおなじそうやって出来上がった虎竹座敷箒(大)と(小)ながちや。


手箒


小さな手箒は草の先端のしなりを活かした作りになっちょります。座敷箒(大)、(小)は穂先を切り揃えて形を整えちゅうですけんど、この手箒は箒草を切り揃えるのではなくて1本、1本自然の草の先端を揃えて束ねているので、手間が、こじゃんとかかる品物ながです。都会のワンルームマンションなどでは、長柄の箒は置いちょくだけで場所もとりますしこの小さな箒だけで全て掃除される方が多いように聞きます。


「ええっ?こんなサイズで大丈夫ながですか?」


少し半信半疑で聞きよったら、ササッ、ササッとこの手箒サイズの箒で、実演して見せて頂いた事がありましたぞね。あらら、まっことぜよ。こんな小さな箒でも、いえいえ小さいからこそ、サッと取り出して、ササッと掃いてゴミを集めてサッと収納できるがやにゃあ。やっぱり実際に使いゆう方は説得力があるがです。


竹皮草履のメッセージ

竹皮草履


「私は、一度取り組んだら絶対にあきらめません。」


採用試験に竹虎に来られた時、初めて言うた言葉ぞね。けんど、彼女は、まっこと(本当に)あきらめんかったにゃあ。ワシの記憶が正しかったら確か退職されるまで無遅刻無欠勤やったぞね。受注とお客様対応をしてもらいよりましたが、心のこもった電話応対やメール接客に感激して、


「受注担当の方に会わせてください」


その社員を名指しで、わざわざ遠く県外から会いにくるファンのお客様もおられた程ちや。買い物の電話対応をしてくれた本人に会いたくなる...。そんなに頻繁にある事ではないですろう。


成功や失敗を言う人がおりますけんど、成功するまでやり続けたら誰も失敗とは言わんがですぞね。そんな竹虎にはもったいないような社員の一人が、名字が「野村」に変わってお母さんになって帰ってきてくれましたぞね。こじゃんと、心強いちや。けんど、帰ってきた野村さんに社内でそれぞれが一年中愛用する竹皮草履と一緒にこんなメッセージカード付けて歓迎してくれる他の社員も竹虎の誇りです。


電話に元気な声で出てくれる社員、丁寧な梱包と接客で対応する社員、笑顔でお茶をふるまってくれる社員、工場で真っ黒になる社員、裏方で地味な作業を続ける社員、全てが竹虎をささえる自慢。竹虎は四代目ばっかり目立ってまるで竹虎四代目で回りゆう会社のように見えちょりますろうか?そうですろう。けんど、それは、まだまだ。まだまだ、竹虎の事を何ちゃあご存じないですきに。実は、凄いのは彼や彼女たち。外に知られてないメンバーたちこそこの長い歴史を続けてきた竹虎の主人公やきに。


雑誌「建築知識」、「JJ」に掲載いただきましたぞね

建築知識


雑誌「建築知識」という本に掲載いただきましたぞね。正直、初めて見る専門雑誌ですけんど建築関係の方や、インテリアが専門の方はご存じかも知れません。まあ、建築と竹というのは切っても切れない関係ながです。竹虎でも少し前までは壁竹を沢山製造しよりました。


壁竹をご存知ですろうか?


昔の住宅は、土壁が主流やったと思うのですが、この土を塗る前に柱と柱の間に細く割った竹を格子に編んでました。壁竹の上に土を塗り固めるという作り方やったのです。自分が入社したての頃には10トントラックに山積みして毎週のように京阪神へ出荷しよりました。たまには運転手さんの助手として行く事もありましたけんど、こんなに大量の壁竹を一体何処で使うがやろうか?まっこと不思議に思いよったほどですぞね。


さて、現代の家屋でも少しでも竹が使われちょったら、ホッとするというか家主さんの心の余裕のようなものを感じて気が休まる思いがします。まあ、そんな建築専門雑誌に掲載されたのは竹のスタンドライト。実は、雑誌のアンケートにお答えいただいた方の中から抽選で1名様に当たるプレゼント賞品として採用いただいちょります。日本唯一の虎竹で作られた自慢の照明ですきに、是非一人でも多くの方にご応募いただきたいと願うちょりますちや。


JJ


雑誌「JJ」のような若い方向けの本には一体何が?と思われるかと思いますが、JJモデル13人の「神コスメ」というコーナーに寺本愛美さんというモデルさんが、クレンジング・洗顔石鹸として虎竹の里炭石鹸をオススメしてくれちゅうがです。


「敏感肌の私でもスッキリ」


と、嬉しいお声も頂いちょります。炭の吸着力を活かしてスッキリ、けんど、しっとりという肌の弱い方に大好評の石鹸ですが、意外な所で、意外な方にご愛用いただいたりしている事を知って、まっこと、こじゃんと嬉しゅうに思う歳末ながです。


一世風靡した竹ハンドバック

竹ハンドバック


自分の小さい頃に、こじゃんと(とても)大好評やった竹製品のひとつに竹製のハンドバックがあるがです。竹で出来ていると聞くと、竹を細いヒゴにして編み込むというイメージが沸きますが、この時に女性の心を鷲づかみ(?)して一世風靡した竹バックは想像とは、ちっくと違うかも知れません。


竹の身の部分を薄い円形や球形、楕円形などに削り出し、それを細い丈夫な紐でとめて形づくったハンドバック。それぞれ小さなパーツを組み合わせて製作しちょりますのでとても、しなやかで手触りもよく、なるほど当時大人気やった理由がよく分かる気がするがです。当社で製造していた竹細工ではありませんけんど、竹虎の本店でも毎日のように沢山売れていたのを覚えちょりますので、同じ技法を使いカラフルな色目のものや、様々な大きさ、形など、まっこと多種多様なバリエーションのものが作られよりました。フリーサイズで使えるベルトなどもあって、母がワンピースなどによく合わせて使いよったです。


時代の移り変わりの中で、すっかり見ることのなくなった竹バックを片づけの時に見つけて懐かしく思い出すと共に、今の知らない世代の若い方達の目には、もしかしたらモダンでお洒落な小物と映るのではないろうか?そんな事も思ったりするがです。


ローラー付き竹ひご取りの機械

竹虎工場


上下の回転するローラーの間に荒割りした竹を差し込みます。ローラーにはさまって送り出される竹ヒゴの先には刃物があって厚みや幅をそろえられるようになっちょります。竹籠にも、機械化を全くせずに、一本の竹から竹ヒゴとり、竹編みまですべて手作業でする竹細工と多少の効率化を求めて、竹ヒゴ取りの部分など機械化できるところはできるだけ工夫して量産できるようにしている竹製品とがあるのです。


しかし、竹ほど機械化に向いていない素材は珍しいかも知れませんぞね。竹は全部丸いように思われちょりますが、楕円形やったりして丸い竹などと言うものはありません。また、身の部分の厚み、堅さ、節の高さ、形などいちいち違いますきに。同じ機械に入れるという事自体が無理があるというものながです。そこで竹虎でも微妙な調整をしつつ機械のご機嫌伺いしながらの作業となって果たして、どこまで効率化できちゅうか分からない時もある程です。


竹ひご


先日、他の職人さんの所にお伺いした時に構造的には、全く同じような竹ヒゴ取りの機械ですけんど両手で簡単に持ち運べるくらいの小さな物がありました。ローラーの中心を留めている十字のネジの大きさからこの機械のコンパクトさが分かるのではないかと思いますが、まっこと初めて見る小さなサイズやったです。こんな小さい機械があることに驚きましたけんど、こんなサイズなら細く短い竹ヒゴしか取らないがやろう。それなら、微調整も必要ない...?


いえいえ、いくら小さい竹ひごでもやはり竹の性質が違う、竹の表面のアールが違う、という事で竹虎の工場で度々するような機械の調整をここでもされゆうと思います。


まっこと、こんな機械の扱いも含めて竹職人ながです。


来年の国産竹快眠マット

国産竹快眠マット


今朝はまた一段と寒い朝です。こんな時に素肌にヒンヤリとする竹の快眠マットの話しは恐縮ですが、熱帯夜でも冷房がいらなかったり冷房の温度を下げすぎなくても快眠できると大好評やった国産天然竹の快眠マットのお話ぞね。


日本国内で製造されゆうものは他ではあまり無いと思いますけんど、実は材料に使う竹は旬のよい冬場にだけ伐採するがです。そして、伐っただけの材料でそのシーズンの製品を作っていきますので、急に沢山必要になったと言うても竹材そのものが無いことがありますので数量ができない事もあるのです。


「山に行ったら竹はいくらでもあるじゃないの?」


たまに、こんな事をお客様から言われます。確かに竹林に行けば竹はいくらでもあるのは間違いありませんが、いつでも伐っても良いという事ではないがです。だから、来期の竹マットの事は当然ですが、すでに色々と手配をしちょります。ただ、国産竹の快眠マットの職人さんも、まっこと高齢化して実は今年の竹マットで最後のつもりで製造頂いていたのです。ところが、皆様のおかげで大変な好評をいただき、


「一つでも、二つでもエイから分けて欲しい...」


そんな熱烈なラブコールを何人もの方が送られちょりましたので製造数は、こじゃんと少なくなるものの、竹を用意してボチボチこしらえてみようか、と職人さんには、そう言うていただいちゅうがです。製造する職人さんもお年を取りましたけんど、一緒にずっと働いてきた機械たちも年期が入っちょりますぞね。


ギーコ、ガタン、バタン...


ギーコ、ガタン、バタン...


あんまり効率的な音ではないようですが、それでも動く事が楽しい、楽しいと言いゆうように聞こえます。皆様のご期待に添えほどの数量はとても出来ませんけんど、来年の夏を少しでも涼しく快適に熱帯夜知らずでグッスリ安眠していただけるよう一本でも多く出来上がるように頑張るつもりながです。国産竹の快眠マットは春先頃に順番に出来上がる予定ぞね。又、皆様にご案内できる喜びをかみしめながらその日を楽しみに待ちゆうがです。

虎竹箸を使うて頂いたポスター

虎竹箸


室戸沖〆無神経サバのポスターを嬉しそうに持っちょります。なるほど釣った魚を船の上で鮮度保持の手間をかけちゅう。こじゃんと、美味しそうなサバやにゃあ。うんうん、高知は鰹だけじゃないですきに。鰹のタタキは、こじゃんと有名やけんど、自分はサバのタタキの方が好きやにゃあ。ああ、それで嬉しそうにポスターを見せてくれよりますか?


いやいや、実はそうではないがぜよ。ちっくと(少し)画像からは分かりづらいかも知れませんけんど、この美味しそうなサバの刺身をガッチリつかんでいるお箸、このお箸に注目しとうせよ!そうそう、このお箸こそが日本唯一の虎竹で出来ちゅう虎竹箸ぞね。虎竹男箸虎竹女箸と二つのサイズがありますけんど、高知県でも須崎市安和の虎竹の里でしか育たない、不思議な虎模様の浮き出た竹というだけではないがです。


お箸の使い方にちょっと自信がないなあ...。そんな方はおられませんろうか?麺類なども食べる時、ツルツルすべって食べにくい事がありますがこの虎竹箸なら大丈夫。ポスターの刺身もしっかり掴んでいますが、その秘密は四角い箸先にあるのです。虎竹箸は持ち手から箸先端まで四角い形にこだわっちょります。箸職人が一本、一本手削りする角のたった箸先が滑りやすい食材をキッチリ掴んでくれるがです。先端を細く、けれど四角い形に削り出す匠の技のお箸なので、仕上げにも漆を使うて虎竹箸としては大切な方にこそ一番おすすめしたいお箸になっちょります。


虎竹は淡竹(はちく)の仲間で真竹のように身が厚くなく、節間もそれほど長くありません。特に男箸のような厚みと太さを必要とする竹材が少なくて厳選するのに苦労もしよりますが、お使いの皆様の笑顔の食卓が、この小さなお箸の向こうに必ずある。そう確信したら何ちゃあない事ながです。


祖父の背中

宮崎珠太郎作


「おおっ!部屋の中に何かがそびえ立っちゅう...?」


あまりの存在感に目が釘付けになるがですが、一見、蟻塚?のようにも見える、そのモノに近づいてみると細かい竹編みが見えてきます。竹ヒゴをねじりながら編み込んでいるので、表面の独特の質感が全体の大きさやフォルムのとあいまって何とも斬新で一度見たら頭のどこかに残っている感じ。こじゃんと(とても)インパクトのある竹籠ながです。オトシが入っちょりますので花籠として作られたものですが、一体誰が編んだものやろうか?底をみたら「珠太郎」と銘が刻まれちゅうがです。


宮崎珠太郎作花かご


「珠太郎」と言えば、竹の世界では、あの宮崎珠太郎氏しかおりませんぞね。熊本県在住の竹作家の方ですが、文部科学大臣の表彰を受けるなど、知らない人はいないというようなご高名な竹作家のお一人で、お歳は80を越えらちゅうと思いますけんど、昨年日本クラフト展で優秀賞を受賞されたと聞いちょりますので、ずっと創作活動を現役で続けられるゆう素晴らしい竹芸家ながです。


これも祖父が全国の竹職人を訪ねて歩くうちに出会い、持ち帰ってきた作品のひとつですろう。とにかく竹一筋やった竹虎二代目義治は、暇があったら色々な所にでかけていって、その目で竹を見て、作り手を見て来た、そんな人やったがです。


実は、祖父が個人的に集めてきた竹工芸品の多くは自分が大学四回生の時の大火災でほとんどが焼失してしまいました。けんど、あの夜、難を逃れた一部の作品が今でも祖父の形見のように棚には陳列されちゅうがです。祖父が亡くなった時、香典がわりに自分の作品を携えられて来られた作家の方がおられました。竹のように生きて、竹のように逝った祖父。何ちゃあ関係ないぜよ。ワシはおじいちゃんのように成りたいがやきに。自分が追い求めゆうのは、二代目の背中だけやきに。


歳末を感じる青竹枝折り戸の枠

青竹枝折り戸枠


虎竹の里は、間口で言うたらたったの1.5キロくらいしかない谷間。その狭い谷間の山の際から頂上までは虎竹がありますが、峠の向こうには竹がないという、まっこと不思議でもあり、ちっくと神秘的と言えば神秘的な地域ながです。だから、ここにしか成育しないという噂を聞きつけて、遠く海外からメディアや日本の竹に魅せられたクラフトマンの方が度々やって来られるがですろう。


虎竹の虎模様は土中の細菌の作用によるもの等色々と言われますが、決め手は潮風だと話す山の職人さんもいれば、霜が降りる事が色づきの秘訣だと言う職人さんもおるがです。どれも確かな根拠がある事ではありませんが、「霜」と言う話しを聞いた時に、確かに近年の温暖化が虎模様の付き具合にあまり良い影響は与えていないにゃあ、そんな気はしよります。


さて、そんな虎竹ばっかりの虎竹の里のですきに、反対に他の所では一般的だったりする真竹がこじゃんと少ないがです。雑誌などで青々とした竹をご覧になられた事がありませんろうか?その青々とした竹が真竹ぞね。あっちの山、こっちの山、探し回って、ようやく青々とした真竹が少しだけ見つかります。伐りだした青竹で、製作させて頂いたのは枝折り戸の枠。この竹枠に、薄く剥いだ竹を棕櫚縄を使って編み込み、一枚の枝折り戸に仕上げていきます。新年を迎えるにあたって、庭の枝折り戸を青々として清々しいモノに取り替える方は随分と少なくなりましたものの、やっぱりおらるがです。


昔は、迎春準備と言えば何と言うても門松作りで、社員総出で竹を切り、松やウメ、南天、葉ボタンなど大忙しで飾り付けをした事。そして、飾りに使う松を山に取りにいったものの松食い虫で枯れて少なくなっちょって大騒ぎした事など、懐かしく思い出しますぞね。門松作りを止めてからは、歳末の竹というたらこの青竹くらいですけんど、季節を感じられてこの一年を思う事の出来る「竹」。そんな竹が一つでもあることは、まっこと幸せな事ですちや。


超ロングサイズ虎竹ひしぎ

虎竹ひしぎ


おおおっ!!!


思わず叫びたくなるような光景ぜよ。竹虎本社工場前に巨大虎竹の林出現かっ!?こんな太い竹がズラリと揃うなんて、夢みたいちや。まっこと(本当に)圧巻やにゃあ。一瞬、そんな風に思いそうですが、実は、これ一本の竹を平たく叩きのばした「ひしぎ」ながです。


竹虎工場


ひしぎは、どうやって作るかと言いますと、竹に背割りを入れた後、先端が鋭角にとがった金槌のような専用の道具で叩いていきます。竹節を取り除いて、ひたすら叩くのですが、簡単なようで竹の繊維に沿って真っ直ぐに叩くのは結構大変ぞね。叩いて虎竹ヒシギを作るにしても、職人さんによって、真っ直ぐに叩けなかったり、叩く間隔が広かったり、同一間隔でなかったり。実は難しさもある仕事なのです。いつもは、地元の内職さんにお願いする工程ですけんど、さすがに、今回の特別サイズは竹虎でもあまりやった事がないので、本社で少しづつ作業する事になったがです。


虎竹ヒシギ


この長さを、これだけの美しさで叩いていくのには、最初に思うたより時間も手間もかかりましたが、お陰で、自信をもってお届けすることのできるヒシギができましたちや。出来上がってから気になるのはこの虎竹ひしぎの使い道です。普通は、袖垣や竹垣などに使うものですが、この超ロングサイズの竹ヒシギは屋根や壁に使われるとの事ぜよ。なるほど、東南アジアの国の中には、屋根など家の建材の一部として竹ひしぎを多用する場所もあると聞いちょりました。


竹は元々も南方系の植物なので、暖かい地方には材料はいくらでも身近にあるがです。日本で、この竹の家の再現をされるという事ですきに、これは、今からワクワクしよりますぞね。日本唯一の虎竹で一体どんな建物が出来るがですろうか?また後日、この30年ブログ「竹虎四代目がゆく!」でご紹介させていただきたいと思うちょります。


若さん、売っとうせよ!

竹虎四代目


竹虎に入社したばかりの頃やったです。近くの内職さんの作業場に行ったらホコリもつれの職人さんが飛び出して来ます。


「若さん、売っとうせよ!」


「若さん、売っとうせよ!」


当時、自分は大学を卒業したばかり、竹の事など何も知らない青二才。「ボクちゃん」と呼ばれたり、「若さん」と呼ばれたりしよったがです。若いと言うたち二十歳過ぎの男をつかまえて「ボクちゃん」は無いですろう...。けんど、竹の古老から見たら、そうやったかも知れんぞね。


まあ、それはさておき、飛び出して来てしわくちゃの両手で頼まれたものですきに、まっこと(本当に)ビックリして、こじゃんと(とても)困惑したがです。そりゃあ、そう「おばちゃん、ボクにはそんな力ないで!!!」「若さん、アテは、この仕事しか知らんがやきに」自分に一体何ができるがぜよ。そう思いながらも、その声に押されて大都会のデパートの売り場に立ちよりました。足が震えたちや。田舎者の方言に、お洒落なスーツ姿が笑う。格好悪いにゃあと思いよりました。何で、こんな時代遅れのような仕事しゆうがやろうか?


それでも、あの時、あの、おばちゃんの声に背中を押してもろうたちや。心強かった、応援してもろうた。


竹虎の商品は日本一だと思っている。虎竹がここでしか出来ないこと、118年の老舗であることを伝える。自身が作る品物に誇りを持てる。竹虎はブランド。ガスバーナーで虎竹を製造している。竹の商品知識でプロになれる事。お客様に喜んでいただけるように工夫する。竹虎ならではのコンテンツを発信する。お客様からの声をすぐに反映する。人を元気にしてくれる商材を広める。インターネットを通じてリアルに伝えていく。毎日の積み重ねと継続。虎竹の里の風景、雰囲気を味わってもらう。お客様の知らない商品を紹介する。こんなものがあった!をお届けする。明るい会社。虎竹に一番近く、お客様に一番近く。


竹虎では毎月全員が集まって全社会議をしよりますが、そこで自分たちの働く「竹虎」について社員全員に尋ねてみたがです。その答え、一人、一人の言うてくれる声が、おばちゃんの声に聞こえてきた。今でもハッキリ耳に残っちゅう、おばちゃんの声に聞こえてきた。


虎斑竹、118年

棕櫚箒


50年近く前に作られていた棕櫚箒を見せていただいた事があるがです。あまりの美しさに言葉をなくしました。


これが、棕櫚箒...まっこと凄い......。


現代は確かに昔に比べると便利にもなっちょりますし、快適に暮らせるありがたさはありますが、職人の手作りという事だけで考えたらモノの無かった時代の方が、昔の方が、それぞれのモノへの愛情もあったろうし、技術の熟練度もどうやら上のような気がするがです。


さて、この素晴らしい年代物の棕櫚箒を見せてくれた職人さん。箒職人の家に生まれ、小さい頃から箒作りをずっと見てこられ中学生に入学してからは学校が終わるなり友達と遊ぶ事もなく、帰ってくるなり箒作りの手伝いをする日々やったそうです。


それにしても昔の職人さんのお話を伺うのは、まっこと面白いぜよ。楽しくて、楽しくて時間を忘れてしまいそうちや。それは、そうですろう。モノの足りなかった時代ですきに、作ったものが、作っただけ、どんどん売れていくという今から考えたら夢のような毎日の話しながです。まさに自分たちからしたら「職人の時代」と言えるかも知れませんぞね。少しでも良いモノを、少しでも早くどこの工房でも、職人の間でもそうやって競い合い、工房と工房の間でも切磋琢磨しよりました。それが、それぞれの職人の腕を磨き、生みだす商品の品質を高めてきた大きな理由です。


「熱い時代やったがやにゃあ」


思わず声に出ますぞね。けんど、どうですろう?ため息まじりに昔話を聞いてばかりもおれませんぜよ。箒職人さんが、まるでトロフィーでも持たれるように、ご自身の誇りのように持たれちゅう箒の柄の竹。50年前の箒の柄竹、目に焼き付けましたちや。これが日本唯一の虎竹父も祖父も曾じいさんも毎日担いで118年繋いできた竹ながぜよ。


帰ってきた八割BLACK

八割下駄


八割BLACKがリニューアルして帰ってきましたぞね。まっこと(本当に)お待ちどうさまでした(^^)


ええっ!?「八割」をご存じないですろうか?


まあ、それも仕方ないかも知れませんちや。以前は結構履かれよった履き物で、高知では昔ながらの下駄屋さんには置いてありました。けんど時代の流れと共に段々と見る機会が少なくなって風前の灯火となったところで、近年、鼻緒の履き物が見直される中この八割下駄は、桐台が一枚の板ではなくて、それぞれが独立した構造になっちょりまして、こじゃんと、ソフトな履き心地!まっこと、下駄とは思えないようなフィット感があるがです。そんな履きやすさが口コミでひろがったりして、下駄に馴染みのない若い方にも受け入れて頂き静かなブームとなっちゅうがです。


八割BLACK


さて、今回リニューアルした八割BLACKですが、色々と進化したところがありますけんど一番のこだわりは何と言うたち鼻緒ながです。まず、生地選びからはじめました。黒で統一したいという思いは最初から変わっちょりませんので、鼻緒に使えそうな色々な生地を取り寄せて検討し、素足に感触が一番心地よかった細い縦縞のコーデュロイ生地に決定したがです。


もともと八割下駄は歩きやすく動きやすい履き物。だから、とにかく極太の鼻緒でしっかりと足をホールドして鼻緒の履き物としては格段の歩きやすさを実現したいと思うちょりました。鼻緒職人さんとは何度も何度も試作をやりなおし、太さと、芯にいれる素材なども変えてみたりしましたぞね。


何を隠そう今度の八割BLACKは鼻緒が、こじゃんと(とても)すげにくいのが特徴のひとつ。底に開いた楕円形の穴に鼻緒を引っ張りこんで、しっかり結んでいくのは結構大変な手仕事ながです。この、すげにくい八割にギリギリの太さの鼻緒作りが一つのポイントで歩きやすさと、作り手のせめぎ合いのような所がありましたちや。一応の形になって本日皆様にご紹介させていただきますがこれで終わりではないがです。お客様のお声に耳を傾けながらこれから八割BLACKが始まるがと思うちょります。


竹炭ペットボトル用、銀色の色ツヤ

竹炭ペットボトル用


竹炭の作業をしている部屋の前を通りかかったら、


チリン、チリン......チリン、チリン......


金属音のような、乾いた心地よい音が聞こえてくるがです。足をとめて、しばらく聞き耳をたてよりましたが、そのうち作業が気になって来て覗いてみましたぞね。ちょうど竹炭ペットボトル用が、こじゃんと(とても)ありました。この竹炭は名前からも分かりますように、ペットボトルに入れて水を美味しくするものながです。


今時の寒い時はそれほどでもないですが、高知の夏は暑いので汗もいっぱいかきます、ノドも渇きます。ミネラルウォーターばかり飲むワケにもいきませんから、いつも水道水をピッチャーにいれて竹炭を放り込み一晩冷蔵庫で冷やしよりました。そのまま飲んでも美味しい竹炭の水になっちょりますが、レモンでもあったら、一絞り。まっこと、まっこと美味しいがです。この竹炭は細く割った竹を焼き上げて、ペットボトルにも入るように加工しちょります。形は違いますが、飲料水・炊飯用竹炭と性能は全く同じながです。


さて、炭は真っ黒いモノというが常識ですろう。竹炭も本来は真っ黒いものですぞね。けんど、この竹炭ペットボトル用は銀色に輝きよります。もちろん、黒い事に間違いはないのですが、竹虎の竹炭飲料水用は安全性にこだわり昔ながらの土窯を改良した竹炭専用窯で1000度近い高温で焼き上げちょります。高温で焼く事によって、伝導率のよい最高級の竹炭となり炭とは思えないような金属のような音がするのです。音と同様に高温で焼き上げた竹炭の特徴が、この色ツヤ銀色に輝いているのは品質の証とも言えますちや。


新・八割BLACK

八割


虎竹の里も流石に寒くなっちょります。こう冷えますと足元は竹布五本指ソックス竹皮スリッパでは、早朝など外に出にくい事もあるがです。けんど、日中はぽかぽかと暖かくなってきますきに、やっぱり履きなれた鼻緒の履き物がサッと引っかけて出かけるには便利ぞね。


ところで、竹虎には虎竹や竹皮の下駄をはじめ、何種類かの下駄を販売させていただいちょります。その中に「焼き磨き」と言われる木下駄の製造方法があるのです。桐材は昔から軽くて吸湿性があり、高級下駄の材料として多用されてきた木材ですが、この桐材などの台をバーナーで黒くなるまで焼いていきます。結構、煙などもあがって、


「ありゃあ?燃えゆうがではないですろうか?」


下駄メーカーさんでの製造工場で拝見した時に、ちょっと見ただけでは、そんな風に思った事もありますが、竹虎でも竹垣用の焼板や園芸用の焼柱など製造する時にはまるで燃えているように煙が上がりますので実は大丈夫ながです。


八割下駄


さて、焼き上がって真っ黒くなった下駄の台ですが、これがどうやって、美しい焼き味のある木肌の色になるかと言うとまさに「焼き磨き」と呼ばれる通り、ハケ等つかって焼き目部分を磨いていくのです。自然素材が相手なので竹と同じく木も同じ温度の炎でも、こじゃんと焼けていたり、そうでもなかったり色々だから、高速回転するハケにあてがう職人さんも、一足、一足、調節しながらの手仕事となります。


只今、製造中の八割BLACKは、今までの八割下駄をご愛用のお客様のご意見、ご感想を参考に、何点かの改良を加えちょります。更に履きやすく、格好のエイ八割になったと思いよりますが、この下駄の桐材は藁縄磨きぞね。藁縄のゴツゴツとした、それでいて柔らかい素材感が新しい八割BLACKの台を男前に輝かせてくれるがです。


強さと軽さの一閑張り行李

竹素地


一閑張行李は竹編みの素地に土佐和紙を貼って最後に柿渋で仕上げた昔ながらの技法で作られちゅう行李ぞね。「行李(こうり)」という言葉自体、もしかしたら若い人の中にはご存じない方もおられるかも知れませんけんど、行李はプラスチックなどの無かった、一昔前に衣類や書類などの収納箱として使われよったものながです。


半舁(はんがい)などとも呼ばれる事があったそうですけんど、一番、一般的やったものは、やっぱり柳行李ですろうか。細い柳をビッシリと編み込まれちょりまして小さい頃、納屋にあった行李の上にのって遊んだ覚えもありますが、自然な硬さがあり、ミシミシと音はするものの、まっこと丈夫で子供がのったくらいではビクともしないものやったです。


一閑張りの行李は、そこまでの強度や堅牢さがありませんので、実際の持ち運びの利便性には劣りますものの、軽く、丈夫な衣装箱として、ご家庭で活躍してきた秘密は和紙貼りの下の竹編みながです。しなり、粘りのある竹だからこそ比較的薄く、そして少し間隔を空けた四つ目編みにする事ができます。十二分な強度を保ちながら、お母さん方でも扱いやすい軽さも実現しちゅうがと思うがです。


それにしても、竹、和紙、柿渋...地産地消ではありませんが昔から日本にある素材の連携プレーと言いますか「チーム日本」でスクラムを組んで一つの形になった一閑張り行李。その姿も懐かしさではなく新しさを感じる出来映えぜよ。


理想の竹脱衣籠

白竹脱衣かご


もう何年になりますろうか?ずっと思い描いていた理想の竹脱衣籠があるのです。ええ、もちろん白竹手付きランドリーバスケットや、虎竹ランドリーバスケットなど竹虎ならではの秀逸な竹籠は、いろいろとご用意しちょります。しちょりますけんどもっと、自分の、自分だけのこだわりを突き詰めた脱衣籠...。


お父さん、お母さん、子供さんが2人、そんなご家庭で快適に使っていただける大きさ。現代風のご自宅に違和感のない、びっくと(少し)都会的なセンスがありつつ竹ならではの風合いを活かした飽きのこないシンプルな編みと形。こだわるのは、何十年も愛用いただいて、家族の成長と思い出をいっぱい詰め込んだ飴色になってもビクともしない堅牢さ。お嬢ちゃんが、娘さんになって花嫁になった時、もしかしたら、持って嫁ぎ先に行けるほどの耐久性。


そして、毎日使うのに便利な使い勝手の良さながです。脱衣場で服を脱いで、籠に放り込む。上蓋はお風呂から出てから着替える洗濯したての下着類入れ。ずっと思いよった竹籠が現実に形になったぞね。まっこと、こじゃんと(とても)嬉しいちや。一目で電気がビリビリきましたきに。忘れられない日になった理想の脱衣籠との出会いの日。けんど、実はこれからが始まりながです。これだけの竹編みをこなす熟練の竹職人さんには、感謝と尊敬の念だけですけんど自分も一人の使い手でもありますのでいろいろと、まだまだ注文があるがぜよ。


あそこが、ああだったら、まだ美しい。ここが、こうだったら、もっと使いやすいにゃあ...。いくつかの改良点を直しながら、少しでも本当の理想の竹脱衣籠に近づけていく、そんな楽しい日々のはじまり、はじまり、ぞね。


編みかけの米研ぎざる

米とぎざる


丸く円を作った竹ひごに行って戻り、行って戻りして編み上げていく竹ざる。主にお米を洗ったりするのに使いますので米研ぎざると呼ばれよります。普段、皆様が何気なくご覧になられている竹ざるです。横編みという技法で編まれちょりますが、実は、こじゃんと難しい編み方で国内で上手に編む事のできる職人さんは、まっこと少なくなっている竹細工の一つながです。


けんど、この編みかけの米研ぎざるの職人さんは見事な腕前。まだ、完成はしちょりませんが綺麗な丸い形、一本一本の竹ひごの編み込みの丁寧さ。美しい竹細工は、編み上げる過程そのものでも人の心をつかみ、離しませんぞね。竹ひごに立体感があるのがお分かりいただけますろうか?米研ぎ笊は水切れが大切ですので竹ひごを平たくするのではなくて、極端に言いますとその断面図は三角形かカマボコ状のような形ぞね。こうする事によって、水切れが早い竹ざるになるのです。


まだ青々とした竹ひごで清々しい感じがします。「青物」という呼び名は、この青竹の色合いから来た呼び名ですが、青物の籠の本領発揮は、お客様のお手元に届いてから、実際にご愛用いただく中で色が落ち着いてきて、白っぽくなり、何年も何年も使っているうちに今度は色が段々と飴色のように変わっていきます。前にも言うたかも知れませんけんど、青物の竹籠は、使う方と一緒に成長する竹籠ながですぞね。


肉厚竹しゃもじ

竹しゃもじ材料


皆さんがご存じのように竹は中が空洞になっちょります。一本の丸太があったとして木の場合やったら、その丸太すべてが材料として使う事ができますが、竹の場合は中が空洞やきに、竹細工用、竹製品用として使えるのはその外側、表皮部分の身の厚みのところだけと言うことながです。そこで、問題になってくるのが、この身の部分の厚みなのです。極上竹しゃもじの手にもった時の持ち心地、感触の良さは身の厚い竹を厳選して製造されよります。


この辺りが木と違って竹の難しいところでもあるかと思うのですが、この竹の身の厚みも元の方は肉厚ですがウラ(竹の先端)の方に行けば行くほど身が薄くなっちょりますので、極上竹しゃもじの場合ですと、直径の太い良質の孟宗竹を選んで伐採したとしても元の肉厚の部分しか使う事ができませんきに、1本の竹から、わずか10本分の材料しか取れないのです。竹工場に置かれちゅう肉厚の竹素材をご覧になられて、ああ、こんな竹で竹しゃもじが作られてるのかと単純に思われますけんど、実は、この材料を用意するためにはこの何十倍もの竹が必要とされちゅう事も知っていただきたいと思うのです。


もちろん、1 本の竹を無駄のないように有効に活用しますので、元の部分を肉厚な商品に使うたらウラの身の薄い部分は、薄くても大丈夫な商品用に使われていきます。こう考えたら、製造する商品もまんべんなく作っていかないと竹素材に余ったり、反対に足りなかったりするモノができてくるがです。何か一つの商品だけが大量に売れる事があったりしますと、コスト高になって、実はあまり嬉しくなかったりする場合もあるがぞね。


まっこと(本当に)愛すべき、ややこしい竹素材ですちや。


竹の年令

筍ポスター


先日、九州大学の先生にお会いする機会がありましたぞね。九州は筍の生産でも、こじゃんと(とても)有名な所です。筍と言うたら孟宗竹という大きな竹で生産されますけんど、そもそも中国から孟宗竹が渡来した場所は京都か、もしくは鹿児島と言う説があるくらい。今では全国一の竹林面積を誇るのが鹿児島ですし、福岡県の八女(やめ)はタケノコ生産で日本一やったと思います。また、高級な筍でも、京都の筍と同じくらい北九州の合馬(おうま)の筍は知られちょります。南方系の植物である竹は、暖かい九州の土地が成育に合うているがですろう。


さて、そんな九州でお会いした先生から頂いた一枚のポスター。筍生産のアレコレがコンパクトに分かりやすく掲載されちょります。面白いにゃあと感心するのが竹年令を見分ける目安の所。1年竹から8年竹まで経年でこんな風に変化していく。そんな様子を写真で紹介しちょります。これは、一般の方も見て「なるほど」と思われるかも知れませんちや。竹は3ヶ月で親竹と同じ大きさに成長する。不思議な力をもった植物ですきに。木のように太さや高さで年令を見分ける事ができないのです。


竹の年令の見分けるポイントは大きく3つあるがです。まず、一つ目は竹の節の部分。若竹は節部分に蝋分が付いちょって白くなっています。これが古くなるにつれて白い部分がなくなり黒くなってきます。二つ目は、竹の色合い。新竹は青々とした色合いなのですが、これが歳を重ねるごとに白っぽくなり、8年竹くらいになると斑模様になってきます。三つ目は、竹の生え際の違いです。今年生えた竹には竹皮が根元に残っちょります。二年目あたりまで残りますが、それ以降はなくなり、古くなるにつれ竹の根元の黒い部分が増えてくるがです。


実は、虎竹も、1年竹、2年竹は細工にできませんので、色づきのよくなってきた3年竹以上の竹を伐るがです。太さで判断できない竹の年令を見極め、虎模様の善し悪しで親竹として残していくのか、間引いていくのか考えながら竹林で伐採する山の職人の仕事もあまり表に出ることのない地味な技ではありますが、虎竹の里では、もちろんですが、竹細工や竹文化を守り続けていくために、残して継承していくべき熟練を必要とする竹林の職人技ながです。


竹の応援団

スズ竹丸かご


伝統を継ぐ若い手、日本の竹細工は高齢化が随分と前から言われちょります。昔からの熟練の匠たちは段々と減っていく一方で、実はモノ作りが好きやったり、竹に関心のある次の世代の職人たちもおるがです。このスズ竹丸かごの職人も、言うたら伝統の技を継ぐ若い手。竹編みの職人の手業をみて、上手な職人とこれから職人の一番の違いは、そのスピードちや。手際の良さ、編み上がる籠の早さで出来映えが、だいたい分かるほど編み込みの早さと、籠の完成度は正比例するように思うがです。


皆さんも思いあたる事があるのではないですろうか?


美味しいお鮨屋さん、有名なフレンチのシェフ、食の世界でも達人のような料理人ほど調理のスピードはビックリするばあ早いものですちや。今のお年寄りの竹職人さんたちは、若い頃に竹の最盛期を過ごして来た方ばかりです。竹細工の需要が多かった時ですので注文に追い続けられて、同じ竹籠や竹ざるを一日に何個も何個も作っているうちにスピード感が身に染み付き、それと共に竹のあしらい、竹編みの技も研ぎ澄まされて来たがです。まっこと、いわば毎日のように量稽古をしてきたようなものですきに、今の若い職人とは、環境がまったく違います。


確かに違いますけんど、これからの手の若い職人も頑張っちょりますぞね。まだまだ古老と同じような竹編みの技術はないにせよ。ひたむきに竹と向き合う気持ちは負けてないがです。そんな作り手を見守り、応援することが日本で長く長く続いてきた竹文化を守ることにつながると思うちょります。竹籠の形の違いも、ひとつの面白さとして楽しみながら若い職人を竹虎と一緒に応援していただくそんな応援団が、これから必要とされちゅうがです。


金婚式...?竹の引き戸

竹引き戸


普通やったら見過ごしてしまいそうな、別段変わった事もない引き戸があったがです。一度、前を通り過ぎた時には何ちゃあ思いませんでしたけんど、帰り際に、ふと足が止まります。引き戸の縦の格子部分に所々白っぽくなっちゅう箇所がありますろう?


ええっ......?もしかして!


近くに寄ってみて驚きましたぞね。


竹節


そしたら、そうながです。白っぽく見えちゃある所は竹の節の部分!この引き戸は縦の格子に竹があしらわれているのです。まっこと(本当に)ビックリぜよ。サササッと、ゾクゾクっと、鳥肌が立つ気分ぞね。厚みのある木の中央部分を竹の幅に溝を入れて、その中にピッタリと竹をはめ込んで作られちゅう。そして、その竹は、表皮を薄く薄く剥いだ「磨き」という加工をしちょりますきに、歳月と共に色がだんだんと落ち着いてきて何とも見とれるばあな渋さになっちゅうがです。これは、感動しましたちや。施主の方のセンスの素晴らしさに脱帽やし竹の事もかなり熟知されちゅうがではないかと思います。


引き戸が完成したばかりの頃は、竹も青々とした色合いで、木部も今よりもっと色っぽい感じやったと思うがです。それが、こうしてピッタリと身体を寄せ合いお互い仲良く年月を重ねて、惚れ惚れとするような色合いに変わり、まるで、一体化したようやにゃあ。時間をかけて、ようやく一つの引き戸に完成したとも言えますろう。そうやにゃあ、銀婚式や金婚式のご夫婦を見るようでもある。いやいや、エイものを見せてもろうたぜよこんな日は帰り道も、心が弾みますぞね。


北海道の「竹」

竹虎講演


実は、たまに色々な所に呼んでいただいたて、竹について、地方の活性化について講演をさせていただく事があるがです。田舎の小さな竹屋の話しなど誰かのお役にたつろうか?と、思いますけんど、都会の方にとりましたら希少価値があるがかも知れませんちや。


先日は、遠く北海道は帯広にまでお伺いさせてもらう機会がありました。大学生の時、自転車で北海道一周の旅行をしたがです。その途中に、ここに無料宿泊施設がありましたきに。沢山の仲間と一緒に2泊ほどした事がある思いでの街。けんど、車で走る街並みはうつろな記憶の風景や雰囲気とは随分と違うちょります。まあ、それも、そうですろう。10年一昔言うのに、あれから30年も経っちゅうがです。


竹虎四代目


「十勝」言うたら、まっことブランドですろう?十勝で育った牛でも、豚でも、鶏でも、生産された野菜や穀物でも、チーズやワインでも、とにかく、こじゃんと美味そうなイメージがありますぞね。いやいや、実際に美味いがです。農産物だけでなくて、海産物でも何でも、とにかく美味いです。ホテルの朝食でいただいたイカの塩からはあんまり美味しいので2回おかわりしましたぜよ。


そんな「食」に関わる方の多い地域ではなかったかと思いますが、竹も筍生産の農家さんもおるくらいですきに、農産物のひとつ。地方から都会への情報発信という事では課題は全く同じことやと改めて再認識させてもろうたがです。


北海道


さて、ところで北海道に竹が生えてない事をご存じでしたろうか?ここで、ポーズを取りゆう3人組の後ろをご覧いただいたら、広々とした雄大な山々には、すでに真っ白い雪。竹は南方系の植物ですきに、寒い北の大地は、びっくと(少し)苦手ながです。南国土佐育ちのワシと一緒ぞね。


なので、本州に旅行するまで竹は見たことがない方もおられます。タケノコもあまり食される習慣はないとも聞きました。周りに竹がないですきに、竹がわずか3ヶ月で20数メートルに成長する事や。木材などと違うて、たったの3年で製品に加工できるという事など、環境にも人にも優しい素材だとお話させて頂いても誰もご存じない方ばかり。まっこと(本当に)話しがいがあったがですちや。


北海道に北見という街があるがです。高知市と姉妹都市を結んじょりますので年に一度、高知物産展というのがあって3~4回、竹の売り出しにも寄せさせてもろうちょりました。


「ええっ!?竹かい?竹は珍しいなあ」


そんな事を言うてもろうて、次から次にお買い求めいただいた昔を思い出しながらけんど、今の若い人たちにとったらもしかしたら竹は、自分たちと距離のある見たこともない、触ったこともない、珍しい品になっちゅうかも。竹の伝統を伝えていく事の重要性を、また考える契機ともなりましたぞね。


虎竹の選別

竹の選別


竹は皆さんご存じのように自然に生えちゅうものですきに、高さも違うし、太さも違います。一本、一本の曲がりや、竹細工にする場合には粘り気があったり、なかったり性質まで違う。おまけに虎竹の場合には色付きが違いますきに、山のように積み込まれた竹も実は、ざっくりと一山というワケではないがです。


すべて、一本一本、色づきや太さ、キズなど、集荷場である土場に広げて確認してから選別された後それぞれの保管場所に運ばれていくがです。竹は品質管理のために冬場にしか伐採しませんので、年に一度の山だしの時期が全てぞね。この時に山から伐り出した虎竹だけで一年間、商品を作っていくがです。


ご存じない方が虎竹の里にお越しになられて、あそこにも、ここにも虎竹の林があると聞きますと、竹細工はいくらでも作れるのではないかと勘違いされますが、材料は一時期にしか伐れませんし、実際に竹林から伐りだされないとどんな太さの、どんな色づき竹が出ているのか分からんがです。


夏前あたりになって、ある商品が仮に沢山お求めいただいてもっと作りたいと思うても次のシーズンまで製造できない、そんな事もあるのです。虎竹の里の自然が色づけてくれた虎竹を、自然にあわせて、創業118年やって来た。これからも、自然とうまくやって行く。田舎の小さな竹屋です、ただ、それだけながです。


竹の選別作業

貴婦人のような白竹籠

白竹手付き籠


竹籠はここまで華麗で、エレガントになれるがぜよ。そんな見本のような白竹の竹籠。全体のバランスが、こじゃんと(とても)エイのは持ち手の高さですろうか?高すぎず、低すぎず、こういうのを人は黄金比と呼ぶかも知れませんぞね。まっこと、いつまで眺めていても飽きないようなベッピンさんですけんど、もちろん、それだけではありません。実際に使うてみましたら細かいところが素晴らしいがです。


真横からの写真では分かりませんけんど、実は持ち手は二本の竹を使うちょりまして、中央部分で丁寧に籐巻きされていますが、その厚み、幅、手にしっくりと来る感じは何度も、何度も職人さんがご自身で試された様子をうかがえます。持ち手と本体籠との接合部分や口巻きのしっかりした作りにも目がとまりますけんど、特筆すべきは、底の籐巻きが直接床に当たらないように工夫しされた、しつらえ、自分で勝手に「竹のスカート」と命名しちょりますが、意識していない方でも足元がスッキリと見えるのはこの特別な創作のお陰ながです。


スポーツの名選手の動きに無駄が無く美しいのと同じで、目に見て美しい竹籠は余計な造作がなく何も足す事もなく、何も引く事もない程に洗練されちょります。実際に人が使う場合には機能的でもあると言うことぞね。


白竹用に早朝の釜焚き

白竹


早朝の肌寒いなか、白竹の油抜き用の釜に火を入れるがです。竹は、虎竹でも何でも油抜きという加工をします。こじゃんと竹は油分の多い植物ですきに、耐久性を高めるために必ず必要な加工のひとつながです。日本唯一の虎竹の場合やったら油抜きは火抜きと言うて、ガスバーナーの火で直接油抜きをするがですが真竹(白竹)は、お湯を使いますので湯抜きと呼ばれよります。


湯抜きの釜は結構大変です。なにせ長尺物の竹をそのまましかも、数本束にして釜に入れて焚きますので、長く、大きなサイズの釜を別誂えせんとイカンがです。その釜には水がタップリ。そして、この量の水を沸騰させるのです。熱湯で作業をせねばなりませんので釜焚きにはかなり時間が必要なのです。


そこで、早朝からの火入れとなります。ピンと空気が張りつめたような冬の早朝、釜が温まってきて、湯気がうっすらと立ちはじめると周りもだんだん明るくなってきますぞね。白竹は熱湯で油抜きをした後には天日干しして美しい白い色に変わっていくがです。日に晒すので、晒し竹(さらしだけ)とも呼びますが、この竹を製竹するのはこれからの季節だけ。この釜に煙がたなびくのは冬場だけの風物詩ながです。