レベンソンさんの真剣な眼差しを見よったらなにやら祖父を思い出したぞね。向こうの工場の入り口から、愛犬やったシェパード「アトマ」が尾をふりながら走ってきそうぜよ。一心不乱に竹を選る姿がびっくと(少し)雰囲気が似た瞬間があったきやろうか?それとも、いつまで経ってもやっぱり心配ばっかりかけゆう弱いワシを、近くで見守ってくれゆうがやろうか。
今、日本で竹とこんなに向き合うちゅう人はどれだけ居るろう。都会とか田舎とか関係なく、竹は日本人には身近すぎて現代人からは少し遠い存在になっちゅうがではないろうか?遠い海外から見た時のほうが、竹が良く理解できるとは少し皮肉のような気もしますけんど、そしたら自分のできる事は何やろう?レベンソンさんの来社される一日は、これからの自分たちの進む方向を思う一日でもあったがです。
「竹の明日は自分たちが作っていく」
こんな小さな何ちゃあ出来ない竹屋が笑われそうなけんどワシは真剣ながです。
コメントする