須崎市から197号線を山の方に向かって走ると、津野町があり更に進むと梼原町があるがです。いっつも国道ばっかり走りゆうと分からないのですが、旧道筋を通ると藁葺屋根の不思議な建物を見つけることがあります。藁葺屋根の下は吹き抜けになっちょって、どうやろうねえ?...四畳半くらいのスペースの板の間があるがです。
「一体これは何やろうか?」
「休むがにピッタリやけんど、腰かけてエイろうか?」
などと思いよりましたが、実はこれが「茶堂」。このあたりの地域には、「茶堂」といわれる、このような藁葺屋根の小さな休憩所があって、昔から旅人や遠くから来られる方のためにお茶などの接待をされる所ながやそうです。集落の境などに設けられちょって、昔は持ち回りで担当の方が常駐したこともあるそうなき、まっこと(本当に)親切な心くばりながです。
険しい山道を登って疲れたところで、ゴロリと寝ころべる板の間のスペースは、さぞ喜ばれたと思います。この茶堂で旅人から遠くの町の話やら、いろんな情報交換したおかげで、山深いこの辺りでは時代を敏感に察知しよった言いますきに、もしかしたら維新の志士に繋がったがやないろうか?ちょうどここら当たりは坂本龍馬の脱藩の道。どうやら無関係でないような気もするがです。
まあ、それはさておいて、藁葺屋根を下から眺めとうせや。木材の骨組みにまざって竹が、こじゃんと(とても)使われちゅう。昔からこうやった竹は建材としても役にたちよったがです。もし、これで下に囲炉裏でもあったら、何年も何年も煙で燻されて、高級竹素材の煤竹のできあがりとなるかぜよ。
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