
竹籠ワークショップ
インド国立デザイン研究所(National Institute of Design)の学生さんたちは、とにかく助け合い、話合い、学び合います。何回もの試験を受けて、相当な倍率の中から選りすぐりの皆さんと聞いていましたので、学力はかなり高い方々だと思っていましたが、それよりも更に人間力やコミュニティ力が素晴らしく優れています。何も言わなくても、自分たちのする事が分かっていて、気負うことなくそれぞれのペースでリラックスしているように見えながら確実に成果をだしていきます。

キャンパスを歩くと、全員がアイコンタクトと笑顔で挨拶を交わし合う校風なので、学年や学科は異なる皆さんですけれど当たり前のようにお互い教え合っています。

NIDのチーム
自分の領域を越えて助け合える仲間のことをチームと言うそうですから、このNIDオープンエレクティブに参加する学生さんたちは、既にそれぞれのワークショップで素晴らしいチームになっています。

時には違うワークショップから学生さんが行ったり来たりもしながら、それぞれに合わせたペースで進んでいきます。竹虎では2000年から地元大学生を中心としたインターンシップを毎年開催していて、若い皆さんの竹への向き合い方や、参加者同士の関わりなどを見せさせてもらう機会もありました。

けれど、人との関わりという点でこのインド国立デザイン研究所の皆さんほど優れた若者を見たことがありません。

こんな皆さんが卒業して、活躍していく社会はどんなでしょうか?もしかしたら今は小さな灯くらいにしか見えない変化が、もっともっと時がすぎれば大きな変化となっていくるのかも知れません。

そう思えば、今回ご参加いただいている18名の学生さん、一人一人がとてつもない可能性を秘めた、とても頼もしい存在であることに気づきます。

教わった籠を編むだけでなく、応用させた編み方や別の編み方を興味のおもむくままに次々にやっていくのですが、ユニークな使い方など考えて遊んでみるゆとりをいつも持っています。

朝は学内のカフェでミーティングをすることがありました。朝ごはん食べたり、友達と談笑したりしながらの自由な雰囲気がNIDらしさかも知れません。

かと思えば、夜もこうして熱心に話し合いをする学生もいるし、多くの方が自宅や寮に材料を持ち帰り自分なりの課題を考えて、次の日に持参してきていました。

積み重ねが培った校風
一体、このような自主性はどうして育まれるのか不思議です。しかし、これも一朝一夕にできた文化ではなく、やはり研究所の所長であるDr. Ashok Mondalさんを初めとして教授陣の努力の積み重ねがこのような校風を創ってきたのだと思いました。

竹細工を指導するSubrataも明るくて学生の誰からも愛されているのが良く伝わる一人です。学生さんたちが入学のハードル高いように、それぞれの教職の方たちも、きっと確固たる志を持ってここにいるのです。

竹板にカタカナのネームプレート
学生たちの思いやりの深さを感じる象徴的な出来事がありました。オープンエレクティブが数日過ぎたある日、二人の学生が竹板にネームプレートを刻印して持ってきてくれました。「ヤマギシ ヨシヒロ」と日本語のカタカナでレーザー刻印されています、竹のワークショップらしく竹の絵まで入っています。

参加している全員の分のネームプレートが並べられていました。ボクが、インドの学生さんの名前の読み方、呼び方に苦労しているのを見て、日本語読みのカタカナで簡単に読めるように気づかってくれていたのでした。

最初は一体何が起こっているのだろうと思うくらい驚きました。自分も同じように学び、課題をこなしていく立場なのに、いつの間にこのような製作ができるのだろうと不思議に思います。このような利他的な行動は、他の学生さんにもみられて、積極的に通訳をかってでる方もおられました。通訳していると、自分の手は止まるし、ノートをとることもできません。申し訳ないなあと思うことが何度もありましたが、自分を抑えてでも他者に貢献しようとする思いやりの姿勢がNID全体を包んでいるように感じていました。

インドの未来はここにある
NIDは赤いレンガ造りの壁で囲まれていました。壁の内側は美しい緑が植えられ、長閑で優しい光の差し込む楽園のような場所だと感じていました。けれど一方、壁の外からは一日中、車のクラクションが鳴り響き、深夜まで躍動している街の様子を感じることもできました。初めてインドにやってきたボクは、このキャンパスしか知らないけれど、この壁の外には全く違うインドがあるようだと思い、一人の学生さんに尋ねてみました。「確かに、今は壁の内側と外側は違うけれど、この壁の内側にインドの未来があります」その言葉に、ただただ感じ入りました。
